のうがく図鑑

第39巻

農学部で行う「基礎研究」

植物生産環境科学科
稲葉 丈人 准教授
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 中高生の皆さんは、農学部では「社会の役に立つ研究」をしていると想像しているかもしれません。実際、学生と話をすると「役に立つ研究をしたくて農学部に来た」という学生が大勢います。しかし、農学部の中にも私のようにあまり役立ちそうにない「基礎研究」をしている人がいます。
私の専門分野は「植物生理学」です。簡単に言うと、植物の成長や代謝、環境応答などを分子レベルで解明しようとする研究分野です。光合成をはじめとする代謝の調節や開花結実の制御は、農作物の収量に直接影響を与えます。しかしながら、実際の農作物を使って植物の様々な仕組みを明らかにするには、「成長が遅くて時間がかかりすぎる」「栽培に必要な広い場所が必要」「遺伝子に関する情報が少ない」などいろいろな制約が発生します。また、同じ畑でもある場所と別の場所を全く同じ条件にするのは難しいですし、去年と今年では気象条件が同じではありません。そのため、屋外の実験だと、何が原因でそのような結果になったのか解釈に困ることがあります。こうした問題を解決するために活躍しているのが「モデル植物」です。もっともよく使われているのが「シロイヌナズナ」という植物です(図1)。この植物は小さくて室内でも育てることができるため、栽培に広大な畑は必要ありません。ライフサイクルが二か月程度なので、一年に6回くらい実験をすることができます。また、シロイヌナズナは遺伝子組み換え体を簡単に作ることができるので(図2)、一つ一つの遺伝子の機能を詳しく調べることが可能です。もともと雑草ですが、今では世界中の研究室においてエアコン完備の「人工気象器」で贅沢な(?)暮らしをしています(図3)。意外かもしれませんが、世界中で嫌われ者になっているタバコ、実は植物生理学では非常に重要なモデル植物の一つです。タバコを見る目が変わりましたか?

 
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図1 モデル植物シロイヌナズナ


 
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図2 遺伝子組み換え技術を利用して作出した低温に応答して光る植物

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図3 人工気象器で生育するシロイヌナズナ


 こんなモデル植物たちを使って、私の研究室では植物の光合成能を改良できないか、植物がどのように外的ストレスに対応しているのか、という素朴な疑問に答えるべく研究を行っています。そんな興味本位の研究をなぜやっているのか、と不思議に思うかもしれません。その理由は、実は社会に大きなインパクトを与えているモノは発明・発見が先であり、予想すらしなかった形で役立っていることが多いからです。例えば、種無しブドウを作るのに使われる植物ホルモン・ジベレリン。ジベレリンは「種無しブドウを作る必要性」があって発明・発見されたわけではありません。もともとカビから発見され、植物ホルモンであることや種無しブドウを作るのに利用できることは後から分かりました。小さな発見があとから大化けする可能性があるのが基礎研究の魅力です。一生のうちに一つでもそんな成果が出せたらいいな、と思いながら日々研究をしています。


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