のうがく図鑑

第46巻

「ダイズと根粒菌」=「土とヒト」の共生研究

応用生物科学科
佐伯 雄一 教授
目標⑮-min.png 目標②-min.png

 ヒトが人工的に作れないものの一つに土があります。土は長い長い年月をかけて環境が作る産物です。その土には1gあたり数十億から数百億の微生物が暮らしています。そしてその土に育まれる植物(生産者)を起点として動物(消費者)微生物(分解者)が生息する陸地生態系が成り立っています。現在、様々な形の農業形態が生まれていますが、土を基盤とする農業が食糧生産の大部分を担うことはこれからも変わらないでしょう。

 生物の中には、大気中の窒素をアンモニアに変換できるしくみ(能力)をもったものがいます。常温常圧で大気中の窒素をアンモニアに還元する能力を有する微生物を『窒素固定細菌』と呼びます。窒素固定細菌は、単独で窒素固定を行う単生窒素固定細菌と植物と共生しながら窒素固定を行う共生窒素固定細菌の2つに分けられます。根粒菌は、ダイズなどマメ科植物の根に共生して、共生窒素固定能によって大気中の窒素ガスをアンモニアに変換して宿主植物に供給してくれます。地球生態系全体の窒素循環から見ると、マメ科植物と根粒菌の共生窒素固定が大変大きな役割を果たしています。下の写真のように、ダイズを栽培すると根に丸い根粒が着生します、この根粒の内部に生息する数μmの微生物が根粒菌です。


 
saeki01.png

ダイズ根粒とgfp遺伝子が組み込まれた根粒菌が感染した根粒断面
根粒内部のレグヘモグロビンで赤くみえる部位に根粒菌の感染(緑色蛍光)が確認できる


 根粒の中で根粒菌は、窒素固定に必要な酵素(ニトロゲナーゼ)を作り、窒素ガスをアンモニアにして植物に供給します。 ただし、ニトロゲナーゼには、酸素があると力を発揮できないという弱点があります。そこで、宿主植物はニトロゲナーゼが働けるように血液中のヘモグロビンと同じように酸素を捉まえるレグヘモグロビンを合成し、酸素濃度が高くならないようにします。根粒の断面が赤い色をしているのは、このレグヘモグロビンによるものです。 このようにマメ科植物と根粒菌は共生窒素固定のためにお互いに協力しあって精巧な共生窒素固定の仕組みを構築します。この根粒菌の力の秘密を明らかにできれば、現在、たくさんのエネルギーを使って生産されている化学肥料の使用量を大きく減らすことも夢ではありません。

 ここ数年、地球温暖化による影響がいたるところで報道されています。地球温暖化は温室効果ガスによるものです。窒素以外の窒素酸化物は地球温暖化や大気汚染の原因となります。多くの微生物は、硝酸呼吸という嫌気呼吸の一種で、NO3 → NO2 → NO → N2O → N2のように硝酸を還元して窒素まで変化させる能力を持っています。しかし、亜酸化窒素(N2O)までの還元能力しか持たない微生物も多く、二酸化炭素の300倍の温室効果ガスとしてN2Oが発生してしまいます。根粒菌は窒素固定を行いつつ、硝酸呼吸(脱窒)を行うユニークな特性を有しています。また根粒外のN2Oを取り込んでN2に還元する能力を有する根粒菌も存在します。このような根粒菌を有効活用することによって温室効果ガスの発生を抑えることができます。

 近年の研究によって根粒菌の全ゲノム配列が解読されています。もちろん、解読されたからといって、根粒菌の秘密のすべてが分かったわけではありません。しかし、ゲノム配列の解読によって、これまでの研究を加速する形で、根粒菌とマメ科植物との共生メカニズムや群集生態の解明が進んでいます。近い将来、根粒菌とマメ科作物の生理生態学的特性を利用することで、畑からの温室効果ガスの発生を抑制して環境保全を実現しつつ、さらに窒素固定による食糧生産の増大に寄与できる農業が実現するかもしれません。ヒトの知恵で植物と微生物の力を発揮させ、土に負担をかけないように持続的に食糧生産を可能にすることでヒトと地球の共生が成り立つことでしょう。


 みなさん覚えていますか?「天空の城ラピュタ」でシータが言った言葉

 「(ヒトは)土から離れては生きられないのよ」


PAGE TOP