のうがく図鑑

第56巻

予防に勝る治療なし

獣医学科
関口 敏 准教授

 人は何かを失った時、初めてその価値がわかります。人は病気になった時、改めて健康のありがたみを感じます。牛や豚、鶏などの動物が病気になると、乳量や体重が落ちて生産性が下がり、農家としての収益が減ります。病気を治すために治療を施しますが、時間もお金もかかります。こうして農家さんは動物が普通に健康でいられることの大切さに気付きます。大事に飼っている動物たちを病気にさせたくない、いつまでも健康でいられる環境を作りたい。そんな当たり前のことを実現させるための学問が私の専門である「獣医疫学」です。
 獣医疫学の目的は、病気の原因を解明し、健康の保持・増進や病気の予防に必要な対策を行うことです。その中でも、私は家畜の伝染病を予防するための研究をしています。家畜は通常、群れで飼われていますので、一頭が伝染病にかかるとあっという間に他の動物たちに伝染します。そのため獣医疫学分野では、動物を個体ではなく集団(群)として考えなければなりません。では具体的にどうやって伝染病を防ぐのか?相手は伝染病という見えない難敵です。一人では到底太刀打ちできません。だから私たちは研究分野の枠を超えた様々な専門家と「チーム」を形成し、様々な道具や技術、最新の情報を駆使して戦います。
 例えば、伝染病を早期に発見するための検査法の開発、感染ルートを特定するための疫学調査、伝染病が群れの中でどのようにどこまで拡大するのかを予測するコンピュータ・シミュレーション、感染源と感染リスクを解明するリスク分析、リスクを管理するための方法(例えばワクチン、隔離飼育、消毒方法など)の評価などがあります。また効果があったとしても対策費用が非常に高額では実行できませんので、その費用対効果も分析します。さらに、伝染病に対する理解や対策の意義について、農家さんを始め畜産関係者と情報を共有しなければなりません。そのために意思疎通のための研究(リスクコミュニケーション)も行っています。すなわち、伝染病を予防するという大目的のために、私たちは多岐にわたる分野の専門家と一緒に仕事をします。そのチームに国境はありません。オーケストラは様々な楽器から奏でられる音が調和と共に一体化することで素晴らしい演奏になります。伝染病対策も様々な分野で活躍するメンバーがいる中で、それぞれの特技を生かしながらチーム全体がひとつになって最高の結果を目指すという点は共通しています。各分野の専門家が演奏家ならば、獣医疫学者は指揮者の役割を果たしていると言えるかもしれませんね。
 最後に、健康は当たり前ではありません。予防して手に入れるものであることを忘れないでください。

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図1.牛の採血。牛が伝染病にかかっていないか、牛の尾から血液を採取して検査します。

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図2.血液サンプルの調整。農場から採取してきた血液を研究室のメンバーが処理しています。調整したサンプルの一部は検査にまわし、残りは冷凍庫に保存します。

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図3.キタキツネ。北海道で行った野外調査の途中でキタキツネに出会いました。

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図4.ザンビア国立公園での野外調査。野生動物の糞便を採取し、糞便に含まれる病原体を調べます。

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図5.ドイツでの研究会議。世界各国から専門家が集まって、研究プロジェクトに関する打ち合わせを行っています。


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