宮崎大学大学院農学工学総合研究科「防災環境研究センター」

センター概要

センター長挨拶

平成24年9月

南海トラフ地震・津波等の超巨大災害を含む自然災害に対する地域レジリエンス(回復)力強化のための農林水産業防災減災学

原田 隆典

近年の我が国の産業構造と防災対象の推移

近年、特に第2次世界大戦後、我が国の社会・経済活動の中心は、かつての第1次産業(農林水産業)から、第2次産業(加工貿易産業)と人口集中都市域における第3次産業(サービス産業、金融業等)に移行してきました。このため、自然災害による被害防止・軽減対策の対象も人口集中都市域の社会基盤施設・建築物、企業施設、ライフラインシステムに向けられ、都市防災という言葉に代表されるように、人口集中都市域の防災減災に関する研究が重視され進められてきています。このような社会・経済状況の変化の中で、かつて主流であった治山・治水等による第1次産業の防災減災対策から、農林水産業では、生産性向上、生物資源保護、環境への影響、従事者の高齢化・雇用対策等の課題解決に重点が移り、豊かな土と森や水によってもたらされる我が国の「伝統的文化や環境の再生・保全」と「食の安全保障」において農林水産業が果たす役割の重要性を基礎にして、農林水産業の振興が図られてきています。

人口非集中地域の主要な生業は農林水産業

ところで、人口集中都市域の面的広さに比べると人口非集中地域は、広域で国土の面積の大部分を占め、この地域の主要な生業は、第1次産業を基盤としています。例えば、以下に示す平成20年度宮崎県での経済統計から、第1次産業が県の基幹産業であることがわかります。すなわち、(A)農業産出額3,246億円、(B)一般会計予算歳出額5,615億円で、一般会計予算歳出額に対する農業産出額の割合(A/B)は58%と高い。この割合は全国第1位の高さで、第2位は54%の鹿児島県、第3位と第4位は41%の北海道と茨城県が続いています。また、各県の人口一人当たりの農業産出額で見ると、第1位は28万円/人の宮崎県で、第2位は23万円/人の鹿児島県、第3位は18万円/人の北海道、第4位は14万円/人の茨城県となっています。

従来規模の自然災害対策と人口非集中地域の経済損失対策における農林水産業防災減災学の必要性

このように第1次産業が基幹産業である人口非集中地域では、上述したように近年では、第1次産業の防災減災に関する研究や対策の重点が相対的に低下しているため、自然災害による農林水産業被害額は地域経済に大きな損失を与え続けているのが現状です。例えば、平成5年から平成19年の15年間での宮崎県における自然災害による農林水産業被害額を見ると、年平均被害額は、183億円/年(農業生産物の年平均被害額52億円/年+農林水産業施設の年平均被害額131億円/年)で、この年平均被害額は、宮崎県の平成20年度の農業産出額3,246億円の約6%を占めています。さらに被害額の大きいものに注目すると、平成5年度718億円(農業生産物被害額206億円+農林水産業施設被害額512億円)、平成16年度386億円(農業生産物被害額116億円+農林水産業施設被害額270億円)、平成17年度500億円(農業生産物被害額52億円+農林水産業施設被害額448億円)となっており、これは、10年間で一度の割合で宮崎県の平成20年度の農業産出額3,246億円の約25%の被害が発生していることになります。これらの年平均被害額183億円や10年に一度の割合で発生する700~800億円の被害額をなくすることができれば、地域経済に多くの利益をもたらします。

南海トラフ超巨大地震対策と人口非集中地域のレリジエンス(回復)力強化における農林水産業防災減災学の必要性

さらに、2011年東日本大震災による人口非集中地域の第1次産業の壊滅的被害は、地域の生業、生活への希望、早期再生・再建に暗い影を落とし続けています。このため、今後想定される南海トラフ超巨大地震による九州・西日本の太平洋沿岸域における人口非集中地域での第1次産業への被害を防止・軽減するための対策と地域の早期復旧・再生に向けた研究を推進し、強いレリジエンス(回復)力を有する地域を実現するために備えることは当然です。

これまで重視されてこなかった視点から見た農林水産業防災減災学とその目標

南東九州地域は、毎年、または数十年間隔で繰り返すような「高頻度中小規模災害」のみならず、国が想定した「南海トラフ地震・津波等の超巨大災害」の脅威にさらされており、地域住民の「命と生活を守る」ための短期的および中長期的な対策が強く求められている。「地域住民の命を守る」ことは、災害から直接的に命を守ることと共に、生き延びた人の生活を守りながら、間接的に命を守ることの2つの側面があります。2番目の生活と命を守ることにおいては、主に産業を早期に再生し、経済活動を衰退させないことが必須です。そのためには、南東九州地域の「高頻度中小規模災害」に対する平時の防災力を高め、かつ「南海トラフ地震・津波等の超巨大災害」に対する経済活動の致命傷を避け、地域レジリエンス(回復)力の強化を実現する方策が必要となるのです。

我が国と他国を一律に比較することには問題があるものの、例えば危機管理等を重視している米国では、自然災害等の災害時(緊急時)における重要なインフラとして、農業・食糧、防衛施設、エネルギー、医療、金融、上下水道、化学産業、重要製造業、商業施設、ダム・河川(治水)、警察・消防、原子力、情報技術、通信、交通・物流、行政機能、を挙げて、短期目標の「分野別レジリエンス」と中長期目標の「国家レジリエンス」を策定して取り組んでいる。我が国では、上述したように災害の研究や対策は、ハード対策に偏り、さらに、人口集中都市域の社会基盤施設・建築物、企業施設、ライフラインシステムに向けられ、都市防災という言葉に代表されるように、人口集中都市域の防災減災に関する研究が重視され進められてきています。

したがって、近年の農林水産業において相対的に重視されてこなかった自然災害の研究並びに、近年の自然災害に関する研究で相対的に重視されてこなかった農林水産業の防災減災の現状を改善し、農林水産業防災減災学を推進する必要性とその社会的意義は明白です。

防災環境研究センターは、「自然災害から地域に暮らす人々の生命と環境を守る」ことを使命として、農学と工学の研究資源を活用した取り組みを進めます。その内で、人口非集中地域の基幹産業である農林水産業の防災減災の課題解決のために、日本発となる「農林水産業防災減災学」の確立を目指します。「農林水産業防災減災学」では、主に以下の2つの課題解決のため新しい方法の開発を目指します。

  1. 「従来規模の自然災害」への新対策法の開発とその適用による人口非集中地域の経済損失対策
  2. 従来では想定されてこなかった「超巨大自然災害、特に南海トラフ超巨大地震・津波」への対策法とその適用による人口非集中地域の強いレリジエンス(回復)力を有する地域社会の構築