2004.10.6
宮崎地域文化研究会ニューズレター(第1号)
§第一回研究会報告
宮崎地域文化研究会の第一回研究発表会が10月2日(土)午後1時より宮崎大学教育文化学部102教室において開催されました。すでに、当研究会の概要については宮日新聞に事前に紹介されていますが、当日には、UMKなどのメディアの取材をうけるなど外側の大きな期待もうけた形での発足となりました。参加された方が約30名と少なめでしたが、講演、シンポジウム、最後に総会と大変充実した形で初回の会合を終了することができました。この会報は、これからの会の活動の参考に資するため、会場での活発な意見交換などを取り入れながら、当日の会の中身、雰囲気を大まかに伝えるためのものですが、もっと詳しく知りたい会員の方は事務局まで連絡下さるようお願いいたします。(当日、小冊子を配布いたしました)
◆当日スケジュール
1 会長挨拶と会員の紹介 菅 邦男
2 研究発表 宮崎県における揺籃期の児童教育−「赤い鳥」を中心に− 菅 邦男
3 公開シンポジウム
テーマ:今だから、みやざき学
司 会:早野 慎吾(宮崎大学教育文化学部)
パネラー:
●21世紀をひらく−歴史と文化の再発見シリーズ−
斉藤修一(延岡市立図書館)
坂本光三郎(夕刊デイリー新聞社)
●今だから、みやざき学 前田角蔵(宮崎大学教育文化学部)
●郷土誌類をテコに地域文化の向上を考察する
白石一美(宮崎大学教育文化学部)
●今だから「みやざき学」、これからも「みやざき学」
−故郷宮崎を愛する私の場合− 菅 邦男 (宮崎大学教育文化学部)
4総会
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詳細報告
◆会長挨拶
菅氏が言語・文学・教育の各分野から宮崎の文化に迫る「みやざき学」樹立を目指す研究会の趣旨説明があり、学校内に自閉するのではなく、地域のみなさんと連携して宮崎の文化の発掘・調査・評価に乗り出したい旨の説明がありました。最後に、公共機関やメディアとの協力、支援を強くよびかける形で挨拶が終わりました。
◆研究発表会
講演は発表原稿集に掲載されていた論文にそって丁寧になされました。大正7年に「赤い鳥」が発刊されるのですが、宮崎ではその児童自由詩運動に連動した活動が最初からあったとの資料発見を交えたお話で、大変刺激的なものでした。宮崎の文化を掘り起こすだけでなく、それを全国的なレベルでどんな価値、意味があったのかを調査、発表されたもので、会のめざすべき一つの方向性が暗示されているように思われます。会場からは、どうして熱心な教師の指導による児童自由詩運動が県北に集中しているのかなどの質問などがだされました。講演後、会のメンバーの紹介がなされました。
◆公開シンポジウム
テーマ「今だから、みやざき学 」のもとに、まずはじめは上に紹介した順に個別の報告がありました。
1)「21世紀をひらく−歴史と文化の再発見シリーズ−」では、斉藤修一氏(延岡市立図書館長)が、図書館はただ本を貸すという受け身的な存在では駄目で、もっと地域の文化、教育の発掘、育成、普及に積極的に関わっていくべきであるという貴重な意見を述べられ、 坂本光三郎氏(夕刊デイリー新聞社)からは、その実践例としての図書館、夕刊デイリー新聞社、財団法人あさひ・ひむか文化財団共同の企画による文化事業の具体的な紹介、説明がなされました。小冊子に掲載されているので、詳しくはそこでたしかめてほしいのですが、ここ三年間で50回を越す文化事業はただ驚くばかりです。こうした有意義な試みは延岡という狭い地域だけでなく、県全体、あるいは国内全般にも公開されてもいいような試みであるのではないかという印象を持ちました。
2)「今だから、みやざき学」の前田角蔵氏は、自分が宮崎にきて興味をもった武者小路実篤の「新しき村」と中村地平の「土龍どんもぽっくり」という作品から、差異を容認し、他者に対して寛容なところに宮崎のよさがあるのではないかという報告でした。氏は、差異を認めず、自分だけが世界の中心に向かうことを人間の価値であるかのような近代の支配的な価値観の中に、指摘した「宮崎のよさ」を置いてみると、そこに宮崎の文化の新しい可能性が見えてくるのではないかというわけです。これまで、宮崎の文化はいい加減、曖昧といわれ、あるとすれば自然だけではないかとみなされてきた部分がないわけではないのですが、氏はそうした否定的なとらえ方からこの際、抜け出る必要性があるのではないかと熱く語られた。
3)「郷土誌類をテコに地域文化の向上を考察する」の白石 一美氏は、これまで氏が手がけてきた郷土誌研究の結果、個々にはいろいろ多岐にわたる郷土誌が刊行されているが、「語学から文学に目をむけると、例えば若山牧水の如き郷土の生んだ文学者に関する記述は当然あるのだが、その他になるとどうか」と問い、中世文学の専門家として、「郷土誌類」の文学的考察を通して「宮崎県全体ひいては南九州一般(例えば室町の臨済僧桂庵玄樹のいわゆる薩南学派ほか)に及ぶ視座」をもった歴史、文化、文学の研究の可能性を熱っぽく語られた。氏は会にそうした学の広さと深さを期待したいというわけです。
4)「今だから「みやざき学」、これからも「みやざき学」」の菅邦男氏は、研究発表で紹介したように大きな業績をのこされたわけですが、ここではそれが、いろいろな人との具体的な出会いと支え合いによってなりたった事情を語られました。特に、菅氏にとって決定的な出会いは、宮日新聞社の杉田氏、そして今回参加していただいた斉藤氏、坂本氏であり、菅氏はそれらの人々との出会いを語られた。学は自分一人のものでないこと、それは多くの人々との協同作業の上に成り立つものだという研究の原点を自他に確認するものでもありました。最後に「地域文化的なものに価値を見出すという共通点」がこれらの人々との間にはあり、それが会の結成にも繋がったと述べて報告を終わりました。
◆シンポジウム概要
共通していたのは、斉藤氏、坂本氏らの文化事業への驚きであり、どうしてそれが可能なのかが会場からも出されました。旭化成があることで中央の文化が比較的早く県北に届き、また、自立心も強いという地域性が県北の文化を支えているのではないかという私見がそこからだされました。また、旭化成におんぶにだっこの地域性、これはかつて水俣にもあったことですが、そこから工業の発展がそのまま街の雰囲気になってしまうという危うさがあり、したがって自分らで活気を逆に作り出していかなければならない状況に延岡が置かれており、それが、異常とも思われるほどの文化の熱に反映あるいは支えているのではないかという意見もだされました。ところで、その意見の延長上から、お二人は、みやざきは遠く、自分らには延岡は延岡だという独立王国の気分があること、したがって、連携といってもなかなか困難ではないかといった旨の発言がありました。司会者の早野氏がこの研究会は、地域文化の発掘と調査、地域との連携、県外への発信という大きな三本柱の活動の領域をもっており、それに絡んだ発言をお願いしたい旨の発言が冒頭ありましたが、各自の発言は必ずしもそれとからまった形ではなされなかったという印象が強いのですが、ここにきて、ようやく、地域との連携というシンポジウムの一つの柱にたどりついたと思われます。もちろん、それが、連携の否定論だったので会場内も少し波立ちました。しかし、発言者の中から、宮崎と延岡ではいろいろ共通するところもあるのではないかといった意見や、独立志向はよくわかるが、宮崎には、どこにも中心化しない文化があり、その中心化しない分散した文化こそ可能性あるいは特徴として捉えることで、相互に連携をとりながら地域文化の研究を進めていく可能性もあるのではないかといった意見などがだされ、これからいよいよ活発な議論かと思われた時、残念なことにシンポジウムのつねで時間切れを迎えてしまいました。
◆総会
会計監査が未定になっていましたが、甲斐彩美氏が推薦され了承されました。また、新しく新会員になられた方の自己紹介を行い、4時過ぎに全体の会合を終了しました。会はおおむね成功だったと思います。ただ、会員数の問題、みやざき学は何をめざすのか、地域との連携をどうするのか、どこまで会の研究領域を広げるのかなど多くの課題も見えてきました。これらはみなさんと一緒に解決していきたいと考えています。今後ともご支援、ご協力をせつにお願いいたします。 (前田角蔵 記)
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事務局より
今回の研究会は非常に意義のあるものだったと思います。シンポジウムではパネラーのみなさんがそれぞれ宮崎に対する思いを述べられておりました。斉藤修一氏の少々過激な発言も、ひとえに地元(延岡)に対する愛情からきていると思います。宮崎地域文化研究会では、このような、ひとりひとりの熱い思いを繋いでいく場を提供したいと考えております。 (早野慎吾 記)
第二回研究発表会は以下の日時で開催されます。
日 時 2004年11月20日(土)
10:30〜12:00
会 場 宮崎大学サテライト・オフィス(橘通東4丁目「カリーノ宮崎」8階)
〒880-0805 宮崎県宮崎市橘通東4丁目8番1号
研究発表 無アクセントの実態と分布−宮崎アクセントの全国的位置づけ−
宮崎大学教育文化学部助教授 早野慎吾
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