English Version(英語版へ)(準備中)
伊佐敷哲学研究室トップページへ
学生紹介へ戻る

有村 希(ありむら のぞみ)
2001年3月欧米文化専攻卒業
卒業論文(要旨)

二人のヒスパニックの選択
:多文化社会アメリカにおける同化・非同化の現実と評価



 現在アメリカではヒスパニック人口の増加により「アメリカ社会への同化」に関する考え方が議論の的になっている。ヒスパニックの多くは既存のアメリカ社会への同化に対して強い抵抗を示し,スペイン語と祖国の生活習慣を維持している。しかし,ヒスパニックのなかにはアメリカ社会へ同化した者もいる。

 この論文では,同化と非同化という正反対の道を歩んだ二人のメキシコ系移民を取り上げ,彼らの選択した道を考察し評価する。


第一章 正反対の道を歩んだ二人のヒスパニック

 (1)アーネスト・ガルシアの場合(同化の道を選んだ人物)

 ガルシアはペンタゴンで国防副次官補として勤務したいわゆるエリートである。彼はカンザス州にあるバリオ(スペイン語を話す人々の居住区)で生まれ育ったが,ヒスパニックとして行動することをやめ,白人として行動している。
 (2)ホセ・ヒメネスの場合(非同化の道を選んだ人物)
 ホセは1952年に妻と子供を連れ河を渡りメキシコからアメリカヘ不法入国した。そして,カリフォルニア州イーストロサンゼルスにあるバリオで生活し,スペイン語ならびにメキシコの生活習慣を維持している。


第二章 メキシコ系移民の歴史的・社会的背景

 メキシコには,スペインの植民地であった時代以来の階級制が事実上残っており,下層に位置する人々は努力しても上昇できない状況がある。そのため多くの人々が幸せに暮らせる場所と職を求めアメリカへと渡っている。また,かつてアメリカ側が安い賃金で働くメキシコ系移民の労働力を必要としたことも移民増加へとつながった。

 もともとアメリカは多様な移民の受け入れにより成り立ち,また,変化を遂げてきた国である。その変化の一つの例が同化論である。同化論は,移民の流入に伴い,
  (a)アングロ・コンフォーミティ(イギリス文化優位論)から
  (b)るつぼ論,
  (c)サラダボウル論へ,
そして現在の
  (d)多文化主義
へと変化している。

 多文化主義は60年代のチカノ・ムーヴメント(メキシコ系の人々がアメリカでの差別的な扱いに対して異議を唱え平等な権利を求めて起こした運動)以降盛り上がりを見せている。


第三章 ガルシアとホセの選択の違いと評価

 ガルシアは同化しやすい状況のもと,個人の成功を求め,他方,ホセは同化しにくい(そして,同化しなくても生きていける)状況のもと,コミュニティの成功を選んだ。しかし,ガルシアのような個人としての成功者の増加は同時にヒスパニック全体のイメージの改善へつながる。

 次に,多文化主義の理想のあり方を探った。そして,A+B+C=A'+B'+C'の式が理想であると考えた。これは,それぞれの民族が持つ文化が平等に扱われ,なおかつ,一つの社会として統一することを記号化したものである。

 この多文化主義の理想のあり方をふまえ,二人の選択の評価をした。ガルシアが白人として行動したことは行き過ぎだが,「民族としての立場だけでなく,アメリカ社会全体を見た立場に立たなければならない」という彼の考え方は必要である。他方,ホセの「文化と言語の維持」には賛成できるが,維持することだけに固執すると「分離・分裂」の方向へ進む可能性がある。

 アメリカの多様化は今後確実にさらなる広がりを見せるだろう。上で示した多文化主義の理想のあり方が実現されるならば,ガルシアやホセが味わったような移民に対する不当な扱いは減るのではなかろうか。

→自己紹介へ

学生紹介へ戻る
伊佐敷哲学研究室トップページへ