のうがく図鑑

第7巻

植物のお医者さん

植物生産環境科学科
竹下 稔 教授
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 植物もヒトや動物と同様に病気に罹ります。皆さんご存じでしたか?恥ずかしながら、私は農学部に入学して初めて知りました。「植物病理学」、どこか格好良さそうな名前に釣られて、いやいや魅了されて入門したのを覚えています。ヒトと同様に植物はカビ、ウイルス、細菌など様々な病原体の感染リスクに常時さらされています。興味深いことに、概してヒトでは細菌病が多く、植物では菌類病が多く、そしてウイルス病は双方に共通して発生しているようです。ヒトと植物間の基本構造の違い、病原体の違い、宿主の防御反応の違い、病原体の感染・伝搬形式の違いなどいくつかの理由が考えられています。ヒトと植物の病原微生物はそれぞれ特有な性質を持つため、共通の病気は無いとされています。私は、植物ウイルスの専門家として、病原ウイルスとはいったい何者なのか、植物はなぜウイルス病に罹るのか、そしてウイルスの脅威から植物を守るためにどうすればよいのか、という難問解明に日々挑戦しています。


 
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図1. ウイルス粒子の電子顕微 鏡写真。 写真はキュウリモザイクウイルス(直径約29nmの小球状)。「nm」 は「mm」の100万分の1です!

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図2. ウイルスに感染したキュウリの病徴


 植物ウイルス粒子はとても小さいため、電子顕微鏡でしか観察できません(図1)。また、病原性を持つウイルスはありとあらゆる作物に様々な病気を引き起こします(図2)。これまでのところ、植物ウイルスに直接効果のある薬剤は開発されていません。しかしながら、植物は太古の昔からウイルスによる感染と闘って、しっかり子孫を残し、進化も遂げてきましたから、きっと自分自身でウイルスに抵抗できる力を持っているはずです。そこで、注目しているのが、80数年前に発見され、植物ウイルス病害防除に一部利用されている干渉効果という現象です。これは弱毒ウイルスを予め接種しておくと、近縁の強毒ウイルスによる二次感染と激しい病徴を防いでくれるという優れものです(図3)。これまで皆さんが受けてきた予防接種と同じ発想ですね。植物に注射!?いえいえ、葉っぱにウイルス液を優しく擦りつけます。しかしながら、この現象、なぜ起こるのか未だにそのしくみがはっきりと証明できていません。それならば、謎解きに挑戦しようではありませんか。干渉効果を示す植物の中でどんなことが起きているのでしょうか?赤色あるいは緑色蛍光タンパク質遺伝子を発導入したウイルスを作って同時に接種してみると、はっきりと細胞レベルで競合していることが見えてきました(図4)。まさに、感染の場所取り合戦の様相です。さあ、これからは植物組織・細胞の中で何が起こっているのかの解明です。遺伝子、タンパク質、植物病理学、微生物学、植物感染生理学、分子生物学など、何やら面白そうな知識と学問の総動員です。探求心は果てしなく続きます。


 
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図3. トマトにおける干渉効果

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図4. 感染植物におけるウイルス間の競合。 赤色の感染細胞群と緑色の感染細胞群がウイルスの競合を示しています。


 大学で教育・研究を担当させていただいて、「その醍醐味は?」と尋ねられるとやはり、自由な発想のもと、未来ある若い学生さん達と共に世界で唯一の研究、言い換えれば世界最先端の研究に挑戦し続けられるということです。毎日、研究室や圃場に来ると、もうそこは研究オリンピックの会場です。代表選手は学生の皆さん(図5)、観客は成果を期待する世界の皆さんです。今日はみんながあっと驚くような大発見(金メダル獲得!?)があるかも知れません。なんだかワクワクしてきませんか?


 
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図5. 植物病理学研究室での研究風景


 最後になりましたが、お医者さんに興味があるけれど、血を見るのはちょっと苦手...という方、植物のお医者さんは大変魅力的ですよ。病気を防いでもお礼は言ってくれませんが、きっと植物はたくさんの美味しい果実で恩返してくれます。



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