のうがく図鑑

第2巻

網を張り鳥を待つ

森林緑地環境科学科
平田 令子 准教授
目標⑮-min.png

 それはそんなに難しいことではありません。わずかな手先の器用さ、鳥の気持ちを読む心、少しのあきらめがあれば誰でも習得することができます。やるべきことも簡単です。ポールを2本立て、その間に網を張ればいいのです。ポールが倒れないようにヒモで固定し、後は待つだけです。コーヒーを飲みながら1時間ほど静かに待っていれば、樹々の中で軽やかに鳴いていた小鳥が網にかかってこちらを見ていることでしょう。丁寧に網から外してあげれば、次の瞬間には、その鳥が自分の手の中にいます。


2-1.jpg

鳥を捕まえるためのカスミ網。捕獲には環境省の許可が必要。


 私が鳥の捕獲技術を身につけたいと思ったのは、大学院の博士課程に進学した頃でした。その頃私は鳥が運んだ樹木の種子を追跡し、鳥類が樹木の種子散布に果たす役割について研究をしていました。もっと簡単に言えば、森の中にシードトラップを置いて、その中に落ちてくる鳥の糞を集めて、排泄された種子を調べていたのです。シードトラップなんて専門的な用語を使うと何か特殊な装置のように聞こえますが、要するに、布製の大きな袋です。しかも手作りです。安い布を買ってきて、ミシンで袋状に縫い、針金で丸い枠を付けて園芸ポールで固定すればできあがりです。研究室で一人カタカタとミシンを動かし、100枚近くのシードトラップを縫いながら、鳥たちに思いを馳せる一方で、私は何をやっているのだろうと自問したのも今ではいい話のタネになっています。


3-1.jpg

シードトラップを設置して鳥の糞を集める

4-1.jpg


鳥の糞から出てきた樹木(クスノキ)の種子


 さて、鳥の糞だけではなく、鳥そのものを捕まえたいと考えたのには理由があります。それは私が鳥好きだったからです。つまり、もっと間近で鳥という生き物を見てみたい、知りたいという好奇心からでした。もちろん研究上の必要性もありました。考えてもみてください、鳥の糞ばかり集めて、鳥が種子の散布者として重要だとか、そうでもないとか議論しても、「じゃあその鳥とはどういった鳥ですか?種名は何ですか?」というごく単純な疑問に答えられないじゃないですか。それなら、鳥を捕まえてみましょうとなるのが自然です。捕まえた鳥の糞から特定の種子が出てくれば、この鳥がこの種子の散布者だと胸を張って答えることができます。幸いなことに鳥の捕獲技術を持っている人が近くにいましたので、弟子入りして修行を積みました。


5-1.jpg

捕獲されたエナガ

6-1.jpg

捕獲されたアオゲラ。特徴的な形をした尾羽などを近くで観察することができるのも捕獲調査の魅力の一つ。


 朝は早いです。鳥が目を覚ます前に網を張るのが基本です。寒い冬の朝に布団から出るのはつらいですが、あきらめるしかありません。網を張っている途中、時々ヒモがゆるんで網が倒れます。網を起こすと枯れたスギの枝などがたくさん絡みついてきます。枯れ枝を網から外すのは、鳥を外すよりも手先の器用さが必要になります。首尾よく張り終え、鳥がかかるのを楽しみに待っていても、張った場所が悪いと鳥はかかりません。常に鳥の行動を読まないとだめなのです。
 捕まえた鳥は糞をするまでしばらくの間袋の中に入れておきます。糞を採取した後は、せっかく苦労して捕まえたのですから、写真を撮ったり、翼の長さや体重を測定したりと様々なデータを記録してから放してあげます。噛みつかれたり、糞を引っ掛けられたり、体が鳥臭くなったりと、はたから見ると楽しくないようなこともありますが、すべてが一期一会です。そんな貴重な経験ができるのも研究のおもしろいところですね。


PAGE TOP