のうがく図鑑

第67巻

ジビエと寄生虫症~ニホンジカはカニがお好き?~

獣医学科
吉田 彩子 教授

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 近年、「ジビエ」という言葉をよく耳にするようになりました。ジビエ(gibier)とは、フランス語で食用として捕獲された野生鳥獣のことを指します。近年、増えすぎた野生動物による農林業への被害を減少させる目的で、特にイノシシやシカの「捕獲強化対策」が取られてきており、それに伴い捕獲されたシカやイノシシを食肉として有効利用しようとする活動が全国的に活発化しています。牛肉や豚肉にはない美味しさを持つ「ジビエ」ですが、家畜の肉とは違い、獣医師による検査を受けることなく流通・販売されており、「ジビエ」の生食によるとみられる寄生虫感染が毎年発生しています。

「肺吸虫症」という病気をご存知でしょうか?その名の通り、肺に寄生する寄生虫に感染することで起こる病気です。私が肺吸虫の研究を始めたきっかけは、医学部勤務時代に抗体検査を実施した1人の肺吸虫症患者でした。肺吸虫症の原因となる寄生虫の1つとしてウェステルマン肺吸虫が知られており、そのヒトへの感染は、肺吸虫に感染している淡水性カニ(サワガニ、モクズガニ)、または、カニを食べて感染したイノシシの肉を刺身または加熱不十分な状態で食べることによって起こるとされていました。ところが、その患者さんは「カニもイノシシも生では絶対に食べていない!」と言うのです。ただ、「シカ肉の刺身なら、知人の猟師にもらって食べた」とのことでした。

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 シカが肺吸虫に感染するためには、カニを食べる必要があります。「草食獣のシカがカニを食べるのか???」と、正直、患者さんの言葉を信じられずにいました。けれど、抗体検査の依頼があった肺吸虫症患者さん達の食歴を調べてみると、シカ肉からの感染を疑うケースが何例もあるのです。そこで、猟師さんから分けていただいたシカの血液を調べてみると、確かに肺吸虫に対する抗体を持っているシカが見つかりました。そして、「シカはカニを食べるのか?」という最大の疑問についてですが、岐阜県の獣医さん達との共同研究により、シカの胃の中からサワガニのかけらを発見し、「シカがカニを食べている」と証明することができました。さらに、国立感染症研究所の研究チームにより、シカ肉から生きた肺吸虫が検出され、現在では、イノシシ肉のみならず、シカ肉もウェステルマン肺吸虫のヒトへの感染源として、注意が呼びかけられています。

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    球磨川支流でサワガニの肺吸虫感染状況調査                   猟師さんのおもてなし料理
                                     (イノシシのスペアリブ)よく焼いて食べましょう

                                       

 寄生虫病学の研究は、単に寄生虫を調べる学問ではありません。ヒトや動物の寄生虫感染をコントロールするためには、その寄生虫の一生(ライフサイクル)を理解することが重要です。そのためには、時に、感染動物の生態(行動パターンや食性など)や生息環境についての知識もまた必要とされるのです。


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