のうがく図鑑

第54巻

特異状態微生物学とは何か

応用生物科学科
吉田 ナオト 教授
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「微生物」は肉眼では判別できないだけの単純に小さい生物の総称です。自然界にはダニ類、センチュウ類、原生動物、酵母、カビ、細菌とあらゆる種類の微生物が生息しています。土壌はもちろんのこと、地球深部、海洋、砂漠、高山地帯、成層圏にも見出され、微生物の見つからない場所はないと言っても過言ではありません。
 微生物は今や自然に発生すると考える人はいないでしょう。しかし18世紀までは生物は自然に発生するものだと人々は信じていました。まず目に見えない生物の存在を知る以前の、生物の自然発生を信じていた時代に身をおいてください。人類はどのようにして、目に見えない生物の存在を知ったのでしょうか。どのようにして生物は自然に発生することはないという考えに至ったのでしょうか。さらにどのようにして目に見えない生物を詳しく知られるようになったのでしょうか。近代微生物学史に触れることにより、生物は自然発生すると信じていた頃からの人間の住む(精神)世界の広がりを理解していただきたいと思います(図1)。

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 科学は自然を十分観察し、物質間の物理現象や生命現象など自然そのものの原理法則を明らかにしていくことです。自然界には高温高圧環境、アルカリ性、酸性、高塩濃度環境などが存在していますが、このような環境中では生命活動などあり得ないという固定観念あり、生物学の研究対象からは遠ざけられていました。1967年にThomas Brockはイエローストーンの沸騰温泉中に生物がいるという驚くべき発見をしました。この発見をきっかけに生命にとって過酷な極限的環境からも微生物がぞくぞくと見つかり、生物の生きる世界の理解が深まりました。このような極限的環境を好んで生きる微生物の研究を極限環境微生物学といいます。
 私たちは極限環境微生物学の課題立案手順とその研究手法によく似ているのですが、少し距離をおいてしかも遠望すらできることを感じるようになり、そこに新たな研究領域があるのではないかと意識するようになってきました。物質の精製法や合成法が進歩し、自然界に存在しない元素や化合物あるいはそれらが存在する状態を研究者たちは作ることができます。またさまざまな物質の運動を生み出し、かつ制御することのできる物理装置の技術が発展してきたおかげで、自然界にありえないような、見受けられにくい疑似地球外環境を作り出すことができるようになりました。自然にありえないような想定をはるかに超える環境や刺激に微生物を暴露させたとき、どのような相互作用や原理原則があるのかといったことを明らかにする研究を特異状態微生物学といいます。本研究室では、特異状態微生物学の考えから見出されたヨシダ効果とよばれる、細菌と微細針状物質との物理現象について研究しています。ヨシダ効果は微生物への遺伝子導入やアスベスト検知(宮大法)(図2)に応用されています。
 特異状態微生物学は、地球上にあり得ない環境を考えますので、地球外生物の存在可能性を示す研究にもかかわってきます(図3)。生物界の理解を深め、人間活動のフロンティアを広げることになるでしょう。

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図2.宮大法によるクリソタイルアスベスト検知手順
 宮大法は土壌や建材中のクリソタイルアスベスト0.1%以上を検知します。自然災害などによる被災地では、建築資材を含む多くのがれきが発生します。アスベストは現在も多くの建材に存在しているため、倒壊家屋廃材等瓦礫の運搬、処理において、アスベストの飛散が懸念されます。宮大法は災害復興などにおける作業従事者の安全衛生に役立てられます。

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図3.ある種の好熱性細菌は特異状態に曝すと、ギ酸や酢酸をカルサイト(石灰岩の一種)と呼ばれる鉱物に変換します。世界で初めて見出された好熱性細菌のバイオミネラリゼーションといえます。この好熱性細菌はなんのためにそのようなことをしているのでしょうか。地球深部の高温下では微生物起原の石灰岩が作られているのかもしれないですね。またこの鉱物には蛍光特性があるので希土類を使わない蛍光体としての応用も期待されています。


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