SATREPS国際共同研究の終了報告
― タイにおける家畜防疫と食品安全技術の確立に向けて ―
SATREPSプロジェクトの終了について
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム（SATREPS）に採択された「世界の台所を目指すタイにおける家畜生産と食品安全に関する新技術導入による畜産革命の推進」プロジェクトは、2025年10月22日をもって終了しました。ここでは、宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター（CADIC）を中心とした本プロジェクトの概要と主な成果をご報告します。
背景と目的
近年のグローバル化や気候変動により、口蹄疫（FMD）やアフリカ豚熱（ASF）などの越境性感染症が国境を越えて拡大するリスクが高まっています。そして1992年以来26年ぶりに豚熱（Classical Swine Fever: CSF）が国内で発生し、その流行拡大を続けています。日本周辺国ではこれらの家畜感染症の発生が継続しており、我が国にとっても動物防疫体制の強化は喫緊の課題です。
宮崎県は過去に口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザによる甚大な被害を経験してきました。これらの教訓を踏まえ、宮崎大学では2011年にCADICを設立し、産業動物防疫に関する教育研究と人材育成を推進してきました。
本SATREPSプロジェクトは、口蹄疫流行国であるタイと連携し、家畜感染症防疫体制の強化と安全な食肉処理技術の確立を目指して、国際共同研究と人材育成を同時に進めることを目的として実施しました。
研究の概要
本プロジェクトでは、以下の4つを柱として研究を展開しました。
1. 口蹄疫およびその類似疾患、家畜生産性に影響を及ぼす感染症の迅速・高感度診断法の開発
2. 能動的サーベイランスによる口蹄疫発生リスク因子の同定と防疫体制の強化
3. 畜産物からの微生物除去に関する新規技術の開発
4. 病原体研究やフィールド実証を通じた人材育成
主な成果
プロジェクト期間中、日本側研究者の短期在外専門家派遣は延べ72名（滞在日数延べ1,441日）にのぼり、タイ側カウンターパートの短期研修生としての受入は延べ25名、長期研修生（博士課程）として3名を受け入れました。また、派遣時には共同研究と並行してワークショップや講演会を開催し、最新の診断技術や防疫知識を共有する機会を設けました。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる渡航制限は大きな制約となりましたが、JICA第5期契約終了時点（2025年10月22日）において、すべての研究課題で当初目標の95％以上を達成できたと評価しています。特筆すべき成果として、ポータブル式リアルタイムPCR装置を用いたFMDおよびASFの高感度・簡易・迅速診断法の開発が挙げられます。本技術は、持ち運び可能で、汎用ポータブルバッテリーを電源として使用できることから、農場現場での即時診断を可能としました。検出感度は国際標準法と同等であり、ウイルス量の少ない検体でも陽性農場の摘発が可能で、20分以内に診断結果を得ることができます。これにより、実効性の高い初動防疫措置が可能となりました。
本診断技術は、国際農林水産業研究センター（JIRCAS）やアジア開発銀行（ADB）からも高い関心を寄せられており、各方面で紹介されています。プロジェクト終了後も、これら関係機関や協力企業と連携しながら、研究成果の国際学術誌への発表およびタイならびに周辺国への社会実装に向けた取り組みを継続しています。5年間の国際共同研究を通じて得られた成果は、タイ国内の畜産および公衆衛生の向上に寄与するとともに、ASEAN地域の畜産基盤強化、さらには地球規模課題である食料安全保障や飢餓問題の解決に資する基盤構築に貢献できたものと考えています。
プロジェクト期間中は多くの困難に直面しましたが、皆様からのご支援によりこれらを乗り越え、一定の成果を挙げることができました。ここに心より御礼申し上げます。併せて、本プロジェクトがJST・JICAよりA評価をいただいたことをご報告いたします。
令和7年12月17日
宮崎大学 産業動物防疫リサーチセンター
特別教授・プロジェクト代表
三澤 尚明
