のうがく図鑑

第68巻

魚にもワクチン

海洋生物環境学科
西木 一生 助教

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 2020年以降、新型コロナウイルスに対するワクチンが世界に普及したことで、ワクチンというワードは今まで以上によく耳にするようになりました。皆さんご存知の通り、ワクチンを接種することは特定の病気に対する予防になります。記憶に残っている人はいないと思いますが、ほとんどの人達は赤ん坊の時から様々なワクチンを接種しています。そして、恐ろしい病気からその身を守ってきました。

 ワクチンを接種しているのは、私たち人間だけではありません。犬、猫などのペットや牛、豚などの家畜、さらには養殖している魚にもワクチンが接種されています。魚にワクチン?と思われる方も多いと思いますが、皆さんが普段口にしている養殖ブリやカンパチ、マダイのほとんどにワクチンが接種されています。ブリ類の養殖場では、1日で数万尾の魚に手作業でワクチンを接種することもあります (図1) 。とても大変な作業ですが、ワクチンを接種しなかったら病気による大量死が発生し、養殖が成り立たなくなる可能性があります。実際、1970年代からブリ類で発生しているα溶血性レンサ球菌症 (図2) は、多大な被害をもたらしました。現在はワクチンが普及したことでその被害は劇的に減少しています。しかし、病気自体が無くなった訳ではなく、ワクチンを接種しなかった魚には依然として発生しています。このように、病気の予防対策として、ワクチンは養殖業でも必要不可欠となっています。

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1. 養殖カンパチにワクチンを注射している様子

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2. α溶血性レンサ球菌症に罹患したブリの典型的な症状

: 眼球突出, 右: 尾柄部の壊死

 一言にワクチンといっても様々な種類がありますが、日本で水産用のワクチンとして販売されているのは不活化ワクチンのみです。不活化ワクチンとは、ホルマリンなどで感染する能力を失わせた病原体を使用するワクチンです。しかし、不活化ワクチンでは防ぐことのできない病気も多く存在しています。ブリ類におけるC群レンサ球菌感染症も不活化ワクチンの効果が低いとされる病気です。これまでの研究活動で、C群レンサ球菌が持つ血清白濁因子というタンパク質に注目し、大腸菌に組換え血清白濁因子を作らせました。そして、この組換え血清白濁因子がワクチンとして利用できるか検討したところ、効果があることを確認しました (3) 。このように、不活化ワクチンで予防することが難しい病気については別の方法で作製したワクチンが有効な場合があります。

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3. 組換え血清白濁因子のワクチン効果

 養殖の世界では、発生が確認されて数十年経過しているのに未だ有効なワクチンが開発されていない病気があります。また、新しい病原体による病気も発生しています。私たちの研究室では、どのような病原体が流行しているのかを把握するための疫学研究や、病原体がどのように病気を引き起こしているかを解明する研究を行うことで、より良いワクチンを開発するためのヒントを探しています。


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