のうがく図鑑

第75巻

動物の懐妊と安産を祈願して

獣医学科
大澤 健司 教授

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 私の教育研究分野である「臨床繁殖学」は、動物の受胎と妊娠、そして分娩といった一連の生殖イベントの異常の有無を見分け(診断し)、適切な処置をし(治療し)、さらに異常が起こらない対策を講じる(予防する)ための学問です。また共生の時代において、これら生殖のリズムを整えることでいかにして動物にも幸せな一生を過ごしてもらうか、そして動物を飼養する人々を笑顔にすることができるか、までを考えています。その一環として以下の研究をしています(1から4は牛、5は馬の話です)。

1.排卵のタイミングを合わせる

 健康で成熟した雌牛は妊娠するまで21日毎に10時間前後の発情を示しますが、その持続時間が短く徴候も弱い個体がいるために飼養者が発情を発見して適期に人工授精することが難しい場面が最近増えています。この解決のため私達は超音波検査で卵巣状態を確認して薬剤を投与することで排卵を同期化、定時に人工授精できることを確認しました。この方法(図1)を用いることで生産者の省力化と繁殖成績の向上の両立に成功しました(文献1)。

2.妊娠経過を観察し、胎子の性別を判定する

 牛は人間と同程度の妊娠期間ですが、人間は妊娠4~6ヶ月まで胎児の性別がわからないのに対して、牛では妊娠2ヶ月で性判定が可能です(図2)。出生時点で雄は雌よりも大きいので生前に性別を知ることで難産に備えることができます。また、酪農家では次の年に一定数の雌の子牛(次世代の後継牛)が生まれることが事前にわかれば以降は肉用種を交配、生産することで経営の安定化も図れます。

3.分娩に異常がないかをチェックする

 難産の主原因の一つは胎子と母牛骨盤の不均衡です。そこで妊娠末期に超音波検査で胎子の蹄の大きさを計測することで分娩前に難産リスクを予測する手法を開発しました(図3、ガルウィングのエコー写真:文献2)。現在、分娩開始や異常分娩の徴候をより早く検出するための基礎研究と実証研究を実施しています。

4.分娩後の回復に問題があれば治療し、問題が起こらないように予防する

 分娩後、子宮は徐々に妊娠前の大きさに戻り、卵巣も次の受胎に備えてその機能を回復させていきますが、その過程が順調か否かを確認することも重要です。子宮内膜炎罹患個体の中には症状を示すことなく(母体自体は元気も食欲もあるものの)子宮内部の炎症のために妊娠できない個体(潜在性子宮内膜炎)が一定数いて、発見されにくいのが課題でした。そこで、診断に必要な子宮内膜の細胞サンプルを採取するためのツール(サイトブラシ)を開発しました(図4)。

5.そして、たまには馬を追いかけ、自然を満喫する

 年一回の「馬追い」で御崎馬を一箇所に集め、血液などの各種サンプルを採取して、流産の原因になるような感染がないかどうかを調べています(図5)。

 

図の説明

図1.牛の排卵同期化法の一つであるショートシンク法 (文献 1 )

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図2.超音波検査による牛胎子の性判別

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A-1.雄胎子(72日齢).生殖結節は臍帯のすぐ後ろに位置する. A-2.雄胎子(65日齢)の超音波画像.矢印が生殖結節.

B-1.雌胎子(69日齢).生殖結節は尾の真下に位置する.    B-2.雌胎子(66日齢)の超音波画像.矢印が生殖結節.

 

 

図3.分娩前の難産リスク予測手法 (文献 2 )

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A. 妊娠末期の牛の子宮内における胎子の姿勢の典型例  B. 超音波検査の探触子を直腸越しにある胎子の蹄に直角にあてる.

C. 胎子の蹄冠部の超音波画像.a: 内側または外側の蹄の長さ.

D. 蹄冠部の実際の断面像.a:内側または外側の蹄の長さ.b:蹄冠幅.超音波検査にてaを計測、aの2倍値と蹄冠幅とする.

 

 

図4.牛の子宮内膜の細胞診用のサイトブラシ

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これを用いて子宮内膜上皮における有核細胞に占める多形核好中球の割合を定量化することで子宮内膜炎症度を評価する.

 

 

図5.「馬追い」での一光景

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都井岬の牧組合や串間市職員、ボランティアと共に宮崎大学の教員と学生が馬を一箇所に集め、健康診断を実施している.  

 

文献

1. Funakura H, Shiki A, Tsubakishita Y, Mido S, Katamoto H, Kitahara G, Osawa T. (2018) Validation of a novel timed artificial insemination protocol in beef cows with a functional corpus luteum detected by ultrasonography. J Reprod Dev. 64: 109-115.

2. Tani M, Tani C, Tasaki H, Harumoto S, Yoshimatsu R, Ito S, Koutaka T, Hattori N, Moritomo Y, Osawa T. (2021) Correlation of foetal body weight by coronet width measurement using ultrasonography in prepartum cows: a pilot study. Aust Vet J. 99: 469-472.


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