のうがく図鑑

第62巻

犬糸状虫症(犬フィラリア症)の真実

獣医学科
日髙 勇一 教授

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 犬糸状虫(Dirofilaria immitis)は食肉目の動物に寄生する線虫で、「犬の心臓に寄生する虫」、「フィラリア」といえば聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。この寄生虫は蚊によって媒介され、犬体内に侵入後、数カ月をかけて肺動脈に到達し、そこで成虫となります(詳しい生活環は他書を参照してください)。
 昭和の時代までは、この犬糸状虫症(犬フィラリア症)はよくみられる犬の病気でしたが、現在は予防の啓蒙、普及のおかげで、診察、治療する機会が激減しました。しかし、この寄生虫は消滅したわけではなく、現在も動物病院に来院しない犬や保護犬でその寄生が確認されます。

 犬に犬糸状虫が寄生すると、直ちに重篤な症状を出すのかというと、実はそうではありません。一般的には無症状であることが多いのです。犬糸状虫が寄生した犬が症状を発現する要因(発症要因)には、寄生数、寄生期間、そして虫に対する犬の免疫反応が大きく関与するとされています。
 この病気の症状としては、軽度の場合は乾いた咳程度ですが、病気の進行に伴って、運動不耐(散歩や運動を嫌がる)や腹水貯留(図1)、四肢のむくみなどの症状を呈する「うっ血性右心不全」へと進行します。
 その主因は、肺動脈に寄生していた虫が寿命や薬剤によって死滅し、血管の下流(肺動脈の末端側)に詰ることにあります(図2)。さらに、この病気の最も怖いパターンは、大静脈症候群と呼ばれる病態です。これは、肺動脈内の虫が「居心地が悪い」と判断して心臓内に移動することで起こる病態で、急激に全身状態が悪化し、治療が遅れた場合、犬は短日のうちに死に至ります。

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 犬糸状虫症の診断については、血液中の赤ちゃん子虫(ミクロフィラリア)の検出、血液中の犬糸状虫抗原の検出、心臓エコー検査による虫体の検出などにより行われます。しかし、いずれの検査も100%の診断精度ではありませんので、総合的に判断する必要があります。

 治療については、以前は薬剤で虫を駆除する方法と外科手術により虫を摘出する方法とがありました(図3、図4)。現在では駆除剤は国内販売されておらず、代わりの治療として犬糸状虫の寿命を縮める方法が主に行われています。しかし、この方法も死滅虫体による塞栓病変(図2)の形成は免れません。犬に優しい治療としては、やはり虫を摘出してあげるのがベストですが、専用の摘出器具(図3)は製造・販売されておらず、手術ができる獣医師も少ないのが現状です。そういった状況の中、本研究室では現有の摘出器具を使って、できるだけ犬糸状虫を摘出する外科的治療を提供しています。これと併行して、新たな摘出方法についても調査、研究を行っています。

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 しかし、予防薬を正しく投与することで、犬糸状虫症から犬を100%守ることができます。犬糸状虫症は治療する病気というよりも、やっぱり「予防する」病気なのです。


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