のうがく図鑑

第42巻

なぜ魚が川や海で生きられるのか?を解く

海洋生物環境学科
宮西 弘 准教授
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 高校までの学習では、問題に対して答えがあります。しかし、大学で行われている研究には、参考書はあっても、そこに答えはほぼ載っていません。つまり、命題に対して、実験を重ねて、自ら答えを出していきます。それは新しい発見と、分からなかったことへの理解の連続です。研究を楽しみながら、大学生活を楽しみながら、科学の1ページをつくることは本当に楽しいことだと思います。
 私の研究室では、魚を中心に、生きるためのしくみを知る「生理学」を研究しています。魚の生理学の研究は、魚を健康に・大きく育てるために必要です。さらに、魚の生きるためのしくみはヒトと共通性があるため、ヒトでも分かっていない疾病の発症機序の解明に繋がる基礎研究ともなります。
 研究の一部を簡単に紹介します。魚は常に、水に直接触れる生活をしています。そのため、ほぼ塩分のない川(淡水)で生きる魚は、不足する塩分を取り込む必要があり、体液の3倍程高い塩分環境である海では、塩分を出さなければ生きられません(図1)。海水魚を60 kgのヒトに換算すると、1 日に約10Lの海水を飲み、その約2.5倍の量の塩分が体表から入ってきます。よって、約1 kg の食塩を摂取していることになります(図2)。ヒトの1 日の食塩摂取量の目安は5 ~ 8 gですので、海水魚と同じ量の食塩を摂取することは致死量を超えます。つまり、ヒトは海水だけの環境ではとても生きられませんし、海で生きる魚は、ヒトにはできない特殊な能力を持っていることになります。
 魚には、淡水でしか生きられない魚(キンギョやゼブラフィッシュなど)もいれば、海でしか生きられない魚(タイやトラフグなど)もいます。また、サケやウナギに代表される通し回遊魚は、一生のうちで淡水と海水の両方を経験します。メダカは淡水および海水の両環境で生きられる魚です。この様な淡水と海水のどちらでも生きられる魚を中心に、川や海で生きられる体のしくみ(浸透圧調節)の切り替えや、その違いを研究しています。

 
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図1. 淡水魚と海水魚の浸透圧調節

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図2. 海水で飼ったウナギを60 kgに換算したときの塩分摂取量


 これまでの研究から、ウナギが川から海へ降るとき、海で生きられるような体になるまで時間がかかります。そこで、心臓から出るナトリウム利尿ペプチドというホルモンの働きで、体内の塩分濃度の上昇を抑えることで、塩分に耐えながら海で生きられる体にしているということを明らかにしました(図3)。この心臓型ナトリウム利尿ペプチドは、我々の心臓でも作られるホルモンですが、赤ちゃんのときに、このホルモンがなければ正常な心臓ができないことをメダカで明らかにしました(図4)。心臓の初期形成はヒトでも魚でも共通しているので、ヒトでも同じことが言えるはずですが、哺乳類での検証はこれからです。しかし、魚での研究をヒントに、ヒトの体内のしくみが分かる例があり、これも一例だと考えています。

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図3. ナトリウム利尿ペプチドファミリーの海水移行時の作用のまとめ

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図4. ナトリウム利尿ペプチドファミリーは初期心臓形成作用のまとめ


 海水魚を60 kgのヒトに換算すると、1日に1 kg以上の食塩を摂取していると説明しましたが、逆に言えば、1日に1 kg以上を排出できるから海で生きられるということにもなります。塩分の排出は、鰓にある塩類細胞という特殊な細胞が行います(図5)。この細胞がなければ、海では生きられないことを明らかにしました。この塩分を排出する塩類細胞は、ヒトでは見つかっていません。淡水魚でも見つかっていません。しかし、海にいる魚(サメの仲間も含む)やウミヘビやウミガメ、海鳥では見つかっています。つまり、海で生きるためには塩分を排出する塩類細胞がなくてはならず、この特殊な細胞がどの様にできるかが分かれば、海で生きられるために必要な遺伝子が分かるでしょう。さらに、塩類細胞は淡水(川)では塩分を取り込む機能に変わります。川で生きるためにも必要なのです。この塩類細胞のできるしくみを明らかにして、「なぜ魚が川や海で生きられるのか?」という疑問に答えを出したいと思います。この他にも、面白い研究テーマがたくさんあります。ぜひ一緒に生命の謎を解き明かしてみませんか?

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図5. 海水で飼ったメダカの鰓の塩類細胞


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