のうがく図鑑

第74巻

たかがヘソ、されどヘソ

獣医学科
佐藤 礼一郎 教授

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 いきなりですが、あなたは"牛"という動物をどのくらい知っていますか?

 牛とは全く縁がない環境で育ってきた私は22歳になるまでまったく牛という動物に興味もなく、乳を出す動物、肉を作る動物くらいの知識しか持っていませんでした。そんな私が今は大学で牛の病気について教え、牛の研究をし、牛の診療をしています。私が牛に興味を持つようになった経緯を話しだすとページが足りなくなってしまうので、それは別の機会にするとして、今回は、牛のおヘソについて少しお話してみたいと思います。

 私たちヒトと同じく、牛もお母さんのおなか(子宮)の中にいる時はへその緒(臍帯)で母体とつながっています。臍帯を通じて栄養を受け取り、逆に老廃物をお母さんの体へ移して処理してもらっています。この臍帯ですが、牛では臍静脈と尿膜管がそれぞれ1本、臍動脈が2本で構成されています(図1)。

 子牛は生まれる時に臍帯が切れますが、生まれ落ちた場所が汚なかったり、免疫物質を多く含む初乳を十分飲め(ま)なかったり、臍帯の消毒が不十分であったりすると臍帯に感染が生じてしまいます。感染が臍開口部付近に生じれば臍炎、腹腔内の臍帯にまで感染が波及すれば臍静脈炎、臍動脈炎、尿膜管炎となります。

 通常、おヘソ疾患の確定診断は超音波診断装置を使用して行います。臍静脈炎は臍静脈に炎症や膿瘍を形成するため、臍静脈自体が太くなり内部に膿を含んだ画像が描出されます(図2)。また、臍静脈は肝臓へ繋がっているため、臍静脈だけでなく肝臓も超音波で調べる必要があります。臍静脈炎は、早期発見し適切な治療をしなければ敗血症や多発性関節炎(図3)、肝膿瘍(図4)へと移行するため生産性を大きく低下させてしまう病気です。臍静脈膿瘍が肝臓まで達していない場合は膿瘍を手術で取り出しますが、肝臓入口付近まで膿瘍が到達している場合や肝臓内に膿瘍を形成している場合には予後不良と判断されます。 

 我々はそのような肝臓に膿瘍を形成してしまって諦めなければならない子牛を何とか助けられないかという思いから、造袋術という手術と抗菌剤の併用治療法や牛では国内初、世界でも2例目となった肝部分切除術という手術法によって治療しています(図5)。

 少しおヘソが腫れているだけと思っていたら大間違い。肝臓に膿瘍を作っているかもしれません。たかがヘソ、されどヘソ、ヘソを侮るなかれ!

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