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第71巻
 
2025.01.17 掲載

食べ物と微生物と食中毒

獣医学科
山崎 朗子 准教授

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食品衛生が獣医師のしごとであることをご存知でしょうか。獣医と食品、と考えると肉や卵が思い浮かぶかもしれませんが、魚や野菜や豆腐・乳製品などの加工品を含むあらゆる食品が対象です。食品の衛生管理は、家畜や家禽農場、養殖場や漁場、田畑から、解体や収穫、加工を経て市場へ流通し消費者に渡るまでの全ての工程で行われます。その目的は、安全な食品を提供することで生産者と消費者そして食品に関わる全ての人を豊かにすることです。

なぜこのような衛生管理が必要なのかというと、食品の生産から消費に至るまでの環境中には多くの微生物が存在するからです。そのうちのいくつかは人に害を及ぼすもので、これらの有害微生物を食品と共に摂取した結果起こる健康被害を食中毒といいます。"○○を食べて食中毒になった"と言いますが、正しくは、"○○に付着していた微生物が食中毒を起こした"という事故です。生牡蠣でノロウイルスに当たった。サバの刺身でアニサキスに当たった。肉が生焼けで大腸菌に当たった。聞き覚えがあると思いますが、なぜ特定の食品と微生物がセットなのでしょうか。

微生物にも快適な環境というものがあります。環境は水分、温度、塩分やpHなど様々な要素で構成されます。これらの要素は食品によって異なり、ある食品での環境要素のバランスが特定の微生物にとって好ましい場合、その食品中で特定の微生物が増殖し、人に摂取された結果食中毒が起きるという結末になります。

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既に知られている有害微生物は、冷蔵や乾燥、pH調節などで食品の環境を有害微生物にとって好ましくない条件にする、または、加熱等で有害微生物を失活させることで食中毒を予防できます。しかし、世の中にはこれまでに食べる習慣のなかったもの、新しく開発されたもの、突発的な流行で従来と全く異なる食べ方をするものなど、"未知の食"が日々生まれます。その中のひとつがジビエと呼ばれる野生鳥獣の食肉です。代表的なものはシカとイノシシですが、未知と言っても肉、という未知と既知が混在するため、馴染みのある家畜・家禽肉と同じ扱いをした結果、いくつかの食中毒のような事例が発生しています。

このような事故を防ぐため、日本中のシカとイノシシが保有する微生物の調査研究班に参加しています。特にシカは北海道、本州、四国・九州にエゾシカ(Cervus nippon yesoensis)、ホンシュウジカ(C. nippon centralis)、キュウシュウジカ(Cervus nippon nippon)と種類が異なるシカが分布していることから、シカの種類によって異なる体内環境に応じて異なる微生物がいるのではないか?さらに、各地域にも土着の固有な微生物が居るのではないか?と予想され、実際に各地で異なるデータが出てきています。異なる種類のシカ×異なる種類の微生物 の組合せはどれが一番多いのか、人に最も大きな影響を及ぼすものはどれなのか。これらの微生物に有害なものがいないか、それらをどう抑えるか。美味しく安全に食べられる加工や保存、調理法は?まだまだ調査は果てしなく続きますが、全国を回ってなんでも見ながら挑戦していきます。

  

野生動物のサンプリングには猟友会の協力が不可欠。年2回の広域一斉捕獲にお邪魔して分けて頂きます。

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この時に新人猟師さんへの解体講習なども行われます。ここで解体された肉は法的衛生検査を受けないので販売が出来ません。各自持ち帰ってお家で食べます。牛肉に似ていますがもっとさっぱりした100%赤身です。

  

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野生ニホンジカが保有する微生物の一例 Sarcocystis (和名:住肉胞子虫)の分布状況

*色丸は各種シカ生息域を表す。

**学名の色の違いは種の違いを示す。