のうがく図鑑
第69巻
 
2025.01.14 掲載

農学部「発熱植物」探訪

動植物資源生命科学コース
稲葉 靖子 准教授

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「発熱植物」とは、花の体温を、外気温に対して少なくとも0.5℃以上、上げることのできる植物のことを指します。これまでに、約170種の植物で花の発熱性が報告されており、外気温に対して、20℃以上も花の体温を上げる植物が多数存在します。花の発熱には、ポリネーター(送粉者)を誘引したり、昆虫と共生関係を築いたり、或いは、生殖期における低温障害を回避することで、植物自身の生殖を有利に進める役割があります。

 私の研究室では、「発熱植物」が花の発熱を駆動する仕組みの解明に向けて、研究を行っています。花の発熱を誘導する物質(カロリゲン)を同定すれば、植物の代謝を高め、寒冷下での成長遅延を回避することが可能です。現在は、地球沸騰化時代とも言われますが、予測不能な気候変動による低温被害は、近年、増加傾向にあり、環境にも植物にも優しい「カロリゲン」の同定は、農業の安定的生産に貢献できます(SDGs:no. 13)。また、「発熱植物」は、過去の地球環境(地質時代の大量絶滅や氷河期など)にはロバストに対応できたものの、近年の気候変動には脆弱な種も多く、生育地の減少、哺乳動物や昆虫による食害の拡大が年々深刻化しています。こうした状況を踏まえ、私達は、国内外の保全の専門家とも連携して、被害状況の共有や対策に向けた協議、情報発信などの取り組みを進めています(SDGs:no. 13&15)

 さて、前置きはこれぐらいにして、今日は皆さんに、農学部構内でみることのできる「発熱植物」を紹介します(図1)。意外に思われるかもしれませんが、発熱植物の多くは、寒冷地よりも、温帯~亜熱帯の気候を好むものが多く、宮崎では6月の梅雨時期に、多くの発熱植物で開花と発熱を観察することができます。

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図1 宮崎大学農学部構内の発熱植物マップ。①と②はフィロデンドロン、③はソテツCycas revoluta)、④は発熱植物に似た生き物(私がそう思っているだけ・・・)、が観察できる場所。

1の中で、発熱植物①と②は、発熱能力が高く、発熱植物研究では古くから主役級の存在感を放ってきたフィロデンドロンです。株①は、私が木花フィールド内の温室で栽培する株で、宮崎に来てから育て始め、開花までに8年かかりました(図2

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2 木花フィールド・大温室(ガラス温室)内のフィロデンドロン
元の鉢から飛び出して、どんどん大きく成長中。そろそろ、どこかに移植する必要があるかもしれません。ご迷惑をおかけしていたら、申し訳ないです。

株②は、研究室の学生さんが、散歩中、偶然(必然?)に発見した株で、上にある栗の木に押しつぶされそうになりつつも、毎年、開花・発熱してくれます(図3

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3 農学部車庫裏から10歩程度離れた位置に生えている(おそらく植栽)フィロデンドロン
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月になると、毎年開花・発熱します。複数個の花が付くので、長く開花を楽しめる株です。

発熱植物③は、我らがソテツで、私が宮崎大学でソテツの発熱研究を始めた頃からお世話になっています(図4)。2019年に発表したソテツの発熱性に関する論文は、国際的に権威ある植物科学雑誌の表紙にも掲載され、国内外で高い評価を受けました。本論文の日本語タイトルをつけるとしたら、「発熱するソテツの再発見と発熱機構の部分的解明」となるでしょう。なお、現在、この株を用いたソテツ全ゲノムプロジェクトが進行中で、この農学部ソテツは、ゲノム標準株にも指定されています。

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4 農学部の北棟と南棟をつなぐ渡り廊下脇の植栽ソテツ
左:北棟側から撮影。中央:南棟側から撮影、矢印(灰色)はクロマダラソテツシジミの食害を受けた被害葉。残念ながら、数年前から被害が広がってきています。地球温暖化の影響とも言われています。右:国際的な植物科学雑誌の表紙を飾ったソテツ雄花の熱画像。

そして、発熱植物④は、、おっと、間違い、これは発熱植物ではなく、発熱動物でした(図5)!牛などの哺乳動物の場合、体温恒常性は一般的ですから、発熱動物という言葉もそもそもありません。でも、赤外線カメラのファインダーを覗いた先に見える、赤の強さは、発熱植物の花と動物の牛では、実にそっくりなので、私が間違えてしまうのも、無理はないのです。

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5 農学部キャンパス南端の牛舎にて撮影した牛の熱画像
熱画像の赤の強さが、ソテツ雄花と同じで、発熱植物と間違えてしまいそうです。

というわけで、私は6月になると、農学部構内を頻繁に歩き回っています。発熱植物の開花・発熱期は、長くはありませんが、数週間は観察できますので、興味のある方は、是非6月に、農学部構内を、散策してみて下さい。字数制限もありますので、今回は、この辺で。