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第74巻
 
2025.12.04 掲載

ニホンジカの食害が引き起こす森林生態系の変化:適切な植生管理に向けた挑戦

森林環境持続性科学コース
徳本 雄史 准教授

九州山地の森を歩くと、大きな樹木の根が露出し、すっかり裸地になっている場所が見られます。主な原因はシカによる過剰な食害で、芽生えや若木が食べられ、下層植生が消えると、雨等の影響で土壌が流れ出していきます。食害が深刻な地域(写真1:熊本県白髪岳)で土壌の分析を行うと、養分量や微生物構成にも影響が及んでいることが分かり、樹木の成長を助ける共生菌類の割合が減り、逆に植物病原菌が増えるという変化が起きています。この結果、植物の定着が難しくなり、さらに侵食が進む悪循環に陥っている可能性があることが分かりました。

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(写真1. 九州山地の白髪岳とブナの根の様子。地表付近の土壌が流れ、根が露出した樹木が見られます)

シカの侵入を防ぐ主な取り組みとして防鹿柵の設置があります(写真2)。この柵の内外で土壌生態系を比較すると、柵の中の土壌の質や微生物の多様性は保たれていました。防鹿柵は、下層植生を守るだけでなく、土壌などを守るための有効な手段であると科学的に示されました。

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(写真2. 白髪岳の防鹿柵設内外の様子。写真手前の柵外には植物があまり生えていません。写真奥の柵内には約2mほどのササが見られます。)


しかし、問題はこれだけではありません。シカが好んで食べない植物、例えばアセビが増えてきています(写真3)。アセビの群落内では、林床が暗くなり(写真4)、土壌中の植物との共生菌類の割合が低下していました。アセビの存在が土壌環境を変化させることによって、他の樹種の定着を難しくしていることがわかりました。増えすぎたアセビについて、管理方法について模索しています。アセビを伐採し、苗木を植える試験を行っており、植生が以前のように戻せるのかどうかを検証中です(写真5)。

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(写真3. 調査地のアセビの様子。背の低い樹木のアセビが、森林下層で数多く見られています。)

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(写真4. アセビ群落の中に入った様子。外よりも暗くなっています。)

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(写真5. アセビを伐採して、柵で囲った実験エリア(左)。スギや、いくつかの樹種を植えて、生育状況を観察しています(右))

このように、森林生態系でどのような変化が起きているのかを明らかにし、その原因を探りながら、対策を考え、検証しています。生物多様性に富んだ森林を再生するためには、一つの方法だけではなく、さまざまな視点を取り入れた総合的な取り組みが欠かせません。