川の流れのように
人生を「川の流れのように」なぞらえて歌った壮大な曲があります。私自身、国内外を行ったり来たり、紆余曲折あって気が付いたら宮崎という新天地に流れ着いていたので、30代に入ってその歌詞の意味がようやく少しずつ分かってきたような気がしています。
そんな生意気な前置きはさておき、皆さんは日頃、川の流れに目を向けることはありますか?川岸や橋の上を歩いていると魚や鳥がふと目に入って、思わず立ち止まって見つめた経験なら誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。
一方で、その川底に見える何気ない小石がどこで生まれて、どんな景色を見てきたのか、遠い上流まで思いを馳せるようなロマンチック(?)な人はそれほど多くないかもしれません(写真1)。私が主に研究を行っているのは、そんな日常からは少し離れた上流の川と、その左右の斜面で繰り広げられる水や土砂のダイナミックな動きです(写真2)。

写真1 様々な川の流れ(イタリア北部)

写真2 主なフィールドは山奥の川と斜面
私たちが住む町の大半は平地に広がっているので、どうしてわざわざ山奥のことを研究する必要があるのかと疑問を持たれる方もいるでしょう。確かに山奥はアクセスが悪いですし、調査では天気予報をきちんと確認してヘルメットを着用するなど、リスク管理にもより一層注意を払う必要があります(写真2)。
それでも私が山奥に向かうのは、一見私たちの生活とは無関係に思える山奥の出来事が、いずれ私たちの生活に影響を及ぼすかもしれないと考えているからです。例えば、川沿いの切り立った斜面で土砂崩れが起こると、上流の川に一気に土砂が流れ込むことがあります(写真3)。この土砂は一体どこへ向かうのでしょうか。

写真3 斜面から川に土砂が流れる様子(ブラジル南部)
実は、川の流れはベルトコンベアのように、遠い上流で生まれた土砂を私たちが暮らす下流まで運んでくる役割を担っています。この時に運ばれる土砂の量が多すぎると、土砂災害や水質の悪化という形で私たちの生活に悪影響を与えます(写真4)。

写真4 多量の土砂が流れ込んだ教会(イタリア北部)
私が取り組んでいる研究では、上流の環境が人間や自然の力で大きく変えられた時に、その下流に対する影響の大小を明らかにして、最善な対策を見出すことを目指しています。そのため、山奥で何が起きているのかを間近で観察しながらも、頭の中では常に下流までを含めた「流域」という全体像を思い描くよう心がけています(写真5)。

写真5 子どもたちを惹きつける「流域」の模型
皆さんが今いるその場所も、大なり小なり「流域」に含まれていて、川の流れによって遥か遠くの上流と結び付けられています。今度川のそばを通るときは、いつもより少し長く川の流れに目を向けて、川底に見える小石の「人生」を想像してみてください。その小石の故郷では一体何が起きているのか、実際に確かめてみたい方は是非一緒に研究を始めましょう!