IR Week 講演会

平成24年5月30日 平成24年度研究成果報告会(IR Week)の開催中、5月30日(水)にテニュアトラック制に関する講演会を開催しました。講演会では、科学技術振興機構(JST)のプログラム主管・豊田政男氏による「テニュアトラック制の定着に向けて:現状とその課題」、原田 宏副学長による「宮崎大学におけるテニュアトラック制について」、4月にIRO特任助教から農学部准教授に昇進した稲葉丈人氏による「植物細胞における葉緑体の高次機能発現と環境応答 ~若手PI稼業を通して得たもの 考えたこと~」という講演が行われました。

以下に各氏の講演の要約を紹介します。

講演1 豊田政男JSTプログラム主管 

テニュアトラック制の定着に向けて:現状とその課題

テニュアトラック(以下、TT)制導入の意図は、独創性の高い優秀な若い人が育っていく環境作りを行うことである。TT制は、優れた研究者を国際公募して養成するため自立して研究できる環境を与え、キャリアパスを見通せる仕組みを作る。この制度の導入によって期待される波及効果は、機関として若い優秀な人材を育てることができる人材養成システム改革の推進である。

平成18~23年度までの「若手研究者の自立的環境整備促進事業」および「テニュアトラック普及・定着事業」で、TT教員として採用された人数は、全国で総数666人、応募倍率は20倍超であり、非常に優秀な人が採用されていると言える。また、女性研究者、外国籍研究者の割合は13~14%であり、日本の大学の女性、外国籍研究者の採用率が数%であることを考慮すると、この割合は、応募者にとって魅力あるポストであったことを示している。平成18、19年度の採択機関では、テニュア資格付与率は77%、自機関のテニュア職に採用されたTT教員は、62%であった。

TT制の導入がもたらした効果は、下記が挙げられる。

若い人材が育つことで、日本の科学技術を支える人材を強化することへの寄与、特に魅力ある研究環境の整備が我が国の若手研究者の活性化に寄与した。最大の効果は、学内の教員意識の革新化である。例えば、TT制を導入している大半の機関で、5年間の科学研究費補助金採択率が増えており、TT教員の卓越した研究業績や競争的外部資金の獲得状況は、学内教員にも大きな刺激を与えている。また、機関によっては、異分野の融合研究や今後、学内で強化したい分野に人材を投入することで、新しい学域、分野を創生するように活用されている。なお、採用された人の20%が海外に在住していたポストドクターであったことは、優秀な若い人材を海外から呼び戻す”頭脳環流”にも繋がったと言える。

続いて、TT制の定着化に向けての課題について述べる。

TT制を定着させるには、機関の構成員の理解を得ることが重要で、この点、宮崎大学は、アンケート結果にみるように非常に進んでいる。また、TT教員に十分な研究費を支給することで、他の機関内の構成員にデメリットが生じていないか、自主経費でどれだけ事業を継続できるかという問題がある。

TT若手教員の育成においては、外部の研究者が選考・審査に加わっているか、テニュア審査基準を開示しているか、業務内容が明確であるか、メンター制が適切に運用されているか、教育や大学の運営をどう経験させるかなどの課題がある。

最後に、今後のTT制について述べる。

第4期 「科学技術基本計画」で、『独創性で優れた研究者を養成する』ということがうたわれている。そのためには、公正で透明性の高い評価制度の構築、研究者のキャリアパスの整備が必要である。その推進方策の一つが、TT制の普及・定着を進めることである。そこで、全大学の自然科学系の新規採用教員総数の3割をTT教員とすることを目指す。

TT制の普及・定着への大きな課題は、既存人事組織とのバランスであり、この点で、どう良い制度を作るかということが大事で、宮崎大学がモデルとなるような制度を作って頂けることを期待する。TT教員は、日本の大学全体では2%と少ない割合だが、その2%が大学を変えるということで、大きな成果に期待したい。


講演2 原田 宏副学長 

宮崎大学におけるテニュアトラック制について

平成21 年度に採択された、科学技術人材育成費補助金(若手研究者の自立的研究環境整備促進)「宮崎大学型若手研究リーダー育成モデル」事業において、異分野融合型  研究を担う若手研究リーダーの育成を目的として設置した「IR推進機構」が今年で4年目を迎える。
 国際公募により採用したIRO特任助教10 名は、本学IR推進機構に所属し、独立した研究スペースと研究費を担保される中、研究リーダーやトロイカサポーターによるメンター制を取り入れることで、自立するが、孤立しない支援体制のもとで研究を進めている。IRO特任助教は、高い研究能力や豊かな国際性、自立性などが求められ、年次評価、中間評価、テニュア審査を経て5年後のテニュア職採用を目指すこととなる。 本学では、平成23 年度以降、既存部局においてテニュアポストを確保して継承し、平成26 年度以降、全学的に展開して、大学の将来を担う研究者の育成システムとして、若手教員の25%を本制度で採用し、テニュアトラック(以下、TT)制度の定着を図っていきたいと考えている。
 なお、昨年10 月に行った「テニュアトラック制度に関する全教職員へのアンケート」では、63%が本事業推進に賛成との回答が得られた。このことは、本学でTT制が浸透し、定着しつつあることを示す。平成23 年度の主な成果として、IRO特任助教10 名全員が、中間評価において評価基準をクリアし、その中の「S」評価を受けた1名が、平成24 年4月よりテニュア准教授(農学部)に昇進したことが挙げられる。
 さらに、本学「宮崎大学型若手研究リーダー育成モデル」事業については、科学技術振興機構(JST)の中間評価および、本学独自で実施している学外有識者による平成23 年度事業外部評価において、「S」評価を得られた。
 また、平成23 年度に採択された科学技術人材育成費補助金(テニュアトラック普及・定着事業)「宮崎大学テニュアトラック普及・定着事業」において、恒常的なテニュアトラック組織として「宮崎大学テニュアトラック推進機構」が新たに発足し、平成23 年度に医学系准教授1名を、平成24 年度に医学系及び農学系助教各1名(計2名)のTT教員を採用した。さらに現在、工学系TT助教1名を国際公募している。


講演3 稲葉丈人農学部准教授(元IRO特任助教) 

植物細胞における葉緑体の高次機能発現と環境応答 ~若手PI稼業を通して得たもの 考えたこと~

稲葉准教授が、IRO特任助教への応募申請時に掲げた5年後の到達目標は、『葉や果実で機能する「プラスチドシグナル分子」や「シグナル伝達因子」を同定する』、及び『新たな農薬や新品種の育種への応用が可能な基礎的知見を提供する』ことであった。
 3年間の成果により、安全で高品質な農作物の生産に何かしらの貢献ができる成果が出せたのではないかと考えている。この3年間で国際的な学術雑誌へ論文が掲載され、国際学会で招待講演するなど一定レベルの評価を得ることができた。
 また、これまでに自ら開拓した人脈を生かして共同研究ネットワークも構築した。宮崎大学内の教員とも共同研究を開始しつつあり、今後さらに発展させていきたい。加えて、研究活動を通して研究室メンバーの多様なキャリアパス形成を支援することができた。そのうち、数名が妊娠・出産・育児を経験しながら研究を行い、男女共同参画という点でも貢献できた。
 Principal Investigator(PI)を目指したことは、自分を取り巻く環境が大きく影響している。大学院時代、周囲に30 代のPIが当たり前にいる状況だったため、遠くない将来自分もPIになる、という目標を持つことができた。また、ポスドクとしてアメリカに留学した時に経験した様々な出来事が、「自分も是非PIになりたい」という強い意識を芽生えさせた。
 テニュアトラック(以下、TT)制は、管理運営上の責任とは関係なく、PIであれば「研究主宰者としては対等な関係」であるというのが基本的な考え方であるが、日本ではこの基本理念を理解している人がまだまだ少数である。TT制度の定着とそのメリットを最大限生かすためには、「大学における管理運営上の職責」と「研究(研究室での教育を含む)」を分けて考える必要性がある。また、TT制度は、若い研究者の考え方に影響を与える制度であり、実際にパーマネント助教や准教授経験者がテニュアトラック助教に転進するなど、すでに人の流れ・動きに影響が出始めている。
 若手PI稼業は浮くも沈むも自分次第であり、世界の研究者が「自分の名前」を認知してくれることや、研究テーマの自由度が高いことに最大の魅力がある。しかしながら、研究センスだけではなく、経営感覚も必要であり、若手PIの時期によい先輩研究者に出会うこと、または探すことが極めて重要である。
 テニュア職となったことに満足せず、宮崎大学の学生とともに研究者として更にレベルアップするつもりである。