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子どもたちが帰ってこられる椎葉村に~バターサンドが紡ぐ物語

2021.11.17
椎葉屋(店舗名:菓te-ri、よこい処しいばや)
椎葉昌史さん

日本三大秘境から届ける、入荷1ヶ月待ちの絶品スイーツ

世界遺産にも登録されている岐阜県白川郷、そして徳島県祖谷(いや)と並び、日本三大秘境とされる宮崎県椎葉村。山深いその場所に、今、県内だけでなく、東京、大阪、名古屋といった都市圏からの注文が相次ぐスイーツのお店があります。

―「菓te-ri【カテ―リ】」。椎葉村の方言で「助け合う」を意味する「かてーり」から名付けられたその店は2019年にオープンしました。わずか2年ほどで入手困難なまでに人気となったその看板商品は、宮崎の特産品の美味しさを最大限に引き出した「宮崎バターサンド」。通販サイトでは入荷1ヶ月待ちという人気ぶりです。

作っているのは、椎葉昌史さん。約10年前に東京からUターンして、生まれ育った椎葉村で新たな挑戦を始めました。当初は、もともとお母様が営んでいたそば店「よこい処しいばや」の運営をしていましたが、6次産業化を目標にそば栽培に取り組み始め、菓子作りが趣味の奥様の力もあって、洋菓子「そばの実フロランタン」を完成させます。椎葉の特産品であるそばにこだわったお菓子は売れ行きも上々で、その後、そば店の隣に菓te-riをオープン。”超”人気のバターサンドが生まれることとなるのです。

令和2年度「優良ふるさと食品中央コンクール」で農林水産大臣賞を受賞

宮崎の農業と地域を”勝手に”背負ってる

順風満帆に見える椎葉さんですが、「Uターンから最初の5年は全然売り上げが伸びなかったんですよ」と”全然”に力を込めて笑います。しかし、そこから椎葉さんのギアが入ります。後押ししてくれたのは宮崎県が推進する「みやざきフードビジネス振興構想」。6次産業化チャレンジ塾やひなたMBAといった、社会人のための勉強会に積極的に参加。悩みを相談できる仲間も増え、消費者に届く商品開発と販路拡大のヒント得ることができたそう。

そして、バターサンドから派生した「宮崎フルーツバター」の商品開発は、まさに、それまでの学びを集結させた地域課題と向き合う事業だと言います。当時、コロナの影響を受けていた果物生産者から、果物を買ってほしいという相談を受けます。「何かできることはないか」という思いから生まれたのがフルーツバター。これはバターサンドの倍以上の果物量を使用しており、よりコロナ禍の課題解決につながると確信しました。椎葉さんは照れながらも言い切ります。「宮崎の農業と地域を”勝手に”背負っているつもりで仕事してます!」

コロナ禍の需要喚起にも貢献した、完熟マンゴー・いちご・日向夏味のフルーツバター

地元だからこそ体感できる幸せ

大変な勉強家であり、美味しいものを届けることに対する情熱が言葉の端々に溢れる椎葉さん。それは、地元である椎葉村だからできるのでしょうか。東京では難しかったのでしょうか。

椎葉さんは、福岡の大学を卒業後、東京の大手外食チェーン店に就職。店では店長として仕事に没頭していました。しかし、東京で過ごした6年間のうち、帰郷できたのはわずか2回。おばあさまの葬儀に帰ってこられなかったこともあり、このままでいいのだろうかと自問するように。「椎葉村は地理的に高校入学時に地元を出なければいけない環境。そこから長い間、椎葉に帰れない状況が続いていました。このまま親孝行もできないでいいのだろうかという思いが大きかった。もちろん、人並みに挫折もありましたけどね」と話してくれました。

東京でも美味しいものを届ける仕事はできたかもしれません。ただ、椎葉には喜んでくれる人たちが身近にいる。役立っている実感を肌で感じることができる。それは地元だからこそ体感できることかもしれません。

「家族や地域の人たち力を借りながら、喜ばれる商品を届けたい」と話す椎葉さん

若者が椎葉村へ帰ってくる選択肢を「0」→「1」へ

とはいえ、「椎葉村は簡単にUターンできる場所とは言えません。めっちゃ山の中なんですよ」と愛着を込めて椎葉さんは言います。だからこそ、若手がいて元気がある地域と産業を残し、1%でも若者が帰ってこられる可能性を作ることを大事にしていると話してくれました。

その思いから参加しているのが、地域の子どもたちへのキャリア教育。小学校で味覚の授業を行ったり、延岡市の高校生と協力して商品開発をしたり。忙しい合間を縫って子どもたちのために奔走しています。「地元の若手が自分たちの言葉で伝えていくことが重要だと思っています。そうすることで子どもたちの未来も少し明るくなるのかなと思う。おせっかいだけどやっています」。

日本の秘境で生まれた絶品スイーツ。そこには地元食材への愛情と地域への優しいまなざしが注がれてます。1ヶ月後に届くバターサンドはどんな美味しさなのでしょう。自然と周りに人が集まる椎葉さんの人柄同様、忘れられない味わいなのかもしれません。

椎葉村にある「仙人の棚田」。この雄大な自然の中でバターサンドは生まれます。

文:黒木 順子 Kuroki Junko