宮崎大学
ニュースリリース

難治性血液がんである成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)に関する研究成果が発表されました

2021年10月28日 掲載

難治性血液がんである成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)に関する研究成果が発表されました。
本研究で得られた知見は、ATLの新たな診断法や治療薬の開発につながる基盤となることが期待され、米科学誌「Blood」に掲載されました。
論文の発表者には医学部内科学講座血液・糖尿病・内分泌内科学分野 下田和哉教授が含まれています。



成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)のゲノム異常の全体像を解明
-がん研究における全ゲノム解析の可能性を示す-

●発表のポイント
・難治性血液がんである成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)に対して、150例の臨床検体を用いた大規模な全ゲノム解析によって、従来の解析では発見できなかった様々なゲノム異常を網羅的に明らかにしました。
・全ゲノム解析で判明した遺伝子異常によって、臨床像や予後の異なる病態が明らかとなり、全ゲノム解析に基づくATLの新たな分類を提唱しました。
・難治性血液がんであるATLのゲノム異常の全体像が明らかになり、本研究の成果が新たな診断法や治療薬の開発基盤となることが期待されます。本研究は、がん研究における全ゲノム解析の重要性を改めて明らかとしました。

●概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)研究所 分子腫瘍学分野 木暮泰寛研究員、古屋淳史主任研究員、慶應義塾大学医学部内科学教室(血液) 片岡圭亮教授(国立がん研究センター分子腫瘍学分野 分野長を兼任)らの研究グループは、宮崎大学医学部内科学講座血液・糖尿病・内分泌内科学分野 下田和哉教授、京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座 小川誠司教授らと共同で、最新の全ゲノム解析技術を用いて、難治性血液がんのひとつである成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)のゲノム異常の全体像を解明しました。
本研究結果は2021年10月25日(米国東部標準時)に米科学誌「Blood」に掲載されました。

ATLは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)のウイルス感染を原因とする血液がんです。疫学的に、日本人に多いことが知られていますが、その頻度は10万人あたり年間約0.8人と低く、希少がんに該当します。また、有効な治療手段が限られた難治性がんでもあり、その解明と克服に向けた研究開発が進められるべき重要な疾患のひとつです。本研究は、ATLに関する初めての全ゲノム解析研究(注1)で、ATLの遺伝子異常に基づく病態をより詳細に明らかにしたものです。
今回の研究の主な成果は以下の点です。

(1)150例のATLにおける大規模な全ゲノム解析を実施しました。タンパクコード領域および非コード領域における変異(注2)・構造異常(注3)・コピー数異常(注4)を横断的に解析し、56個のドライバー遺伝子(注5)を同定しました。
(2)ATLの新規ドライバー遺伝子としてCIC遺伝子を見出しました。CIC遺伝子では33%の患者で機能喪失型(注6)の異常を認め、CICの長いアイソフォーム(注7)に特異的な異常(CIC-L異常)が特徴的でした。さらに、マウスモデルの解析により、Cic-Lの異常がATL発症の仕組みと関連していることを示しました。
(3)また、ATL新規ドライバー遺伝子としてREL遺伝子を見出しました。ATLにおいてREL遺伝子の後半が欠損する構造異常が13%の患者で生じていました。さらに、RELの構造異常はびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(注8)でもATLと同様に高頻度に認められることを明らかにしました。この異常によりRELの発現量が高くなり、他のタンパクと協調してNF-κB経路を活性化させることにより、腫瘍化を促進することを見出しました。
(4)ATLにおけるタンパク非コード部位の変異の意義について検討しました。特に、スプライス部位(注9)の変異は免疫関連遺伝子を中心に繰り返し生じていました。これらの変異は実際にスプライシング(注9)の異常の原因となり、ATLのドライバーと考えられました。
(5)全ゲノム解析で明らかになった遺伝子異常の情報を用いて、ATL患者が二群に分類できることを明らかにしました(分子分類・注10)。この二群は臨床所見が異なり、臨床病型と独立して予後を規定すること見出しました。

今回、全ゲノム解析によってATLの発病に関わる新たな機序が解明されました。このことは、がん研究において全ゲノム解析の手法が有用であることを示しています。また、本研究で得られた知見は難治性血液がんであるATLの新たな診断法や治療薬の開発につながる基盤となることが期待されます。



●用語解説
注1 ゲノム
ある生物のもつ全ての遺伝情報、あるいはそれを保持するDNA の塩基配列の全体のこと。ヒトのゲノムは約30億塩基対からなる。ゲノムはタンパクコード領域とそれ以外のタンパク非コード領域に大別されるが、それらを区別することなく全遺伝情報を解析する手法が全ゲノム解析である。大量並列シーケンサー(次世代シーケンサー)技術の進歩とスーパーコンピュータの利用により、大量の塩基配列を短時間かつ低コストで解析することが可能となった。
注2 変異
ゲノムDNAに生じる異常の一種で、短い挿入欠失や一塩基置換からなる。
注3 構造異常
ゲノムDNAに生じる異常のうち、長さが数十塩基対以上(典型的には数千から百万塩基対以上)のものや、染色体をまたいだ異常を指す。これより短い挿入欠失や一塩基置換とは区別される。欠失、タンデム重複、逆位、転座に分類される。
注4 コピー数異常
正常では2コピー(父由来・母由来)あるゲノムDNAが、1コピー以下(欠失)、あるいは3コピー以上(増幅)となっている現象。
注5 ドライバー遺伝子
異常をきたすことで、がんの発生・進行などの直接的な原因となる遺伝子のこと。がん遺伝子とがん抑制遺伝子からなる。
注6 機能喪失(型)
遺伝子の機能を減じたり消失させたりすること。対義語は機能獲得。
注7 アイソフォーム
単一の遺伝子から類似した複数のタンパクを生じることがあり、それら一連のタンパクをアイソフォームと呼ぶ。
注8 びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫
Bリンパ球由来の悪性リンパ腫の一種。悪性リンパ腫の中で最も患者数が多い病型であり、全リンパ腫のおよそ30~40%を占める。
注9 スプライス部位・スプライシング
DNAから転写されたRNAのうち、タンパク合成に不要な部分(イントロン)を除き、必要な部分(エキソン)を連結する反応のことをスプライシングと呼ぶ。スプライシングが生じる部位は決まっており、スプライス部位と呼ばれる。
注10 分子分類
遺伝子異常の有無や遺伝子発現の違いといった情報によって腫瘍の亜型を分類すること。



米科学誌「Blood」
https://ashpublications.org/blood/article-abstract/doi/10.1182/blood.2021013568/477456/Whole-genome-landscape-of-adult-T-cell-leukemia?redirectedFrom=fulltext

プレスリリース 2021.10.28
https://www.miyazaki-u.ac.jp/public-relations/20211028_01_press.pdf

〇研究者データベース
下田 和哉 https://srhumdb.miyazaki-u.ac.jp/html/68_ja.html

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