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Vol.2 “一陣の風が通り過ぎたあと、花が香りを残してゆくような、そんなひと”に出逢う

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2021.10.26

『お気に入りの本や音楽と旅するように、このコラムを読みながら地域を旅してもらいたい』。そんな気持ちのまにまに綴る、Capa+部門長コラム。(不定期で掲載します)

『天人ー深代惇郎と新聞の時代』に思う

何となく、いや単に何となくではなく、空を見上げるような気持ちになりたいと思ったのだろうけれど、久しぶりに『天人ー深代惇郎と新聞の時代(後藤正治 著)』を読みました。

「天人」と聞いて朝日新聞の天声人語を思い浮かべる人、そしてその筆者の中で深代惇郎氏を思い浮かべる人は、恐らくそう多くはなく、また年齢も相応の人なのでしょう。ただ私にとって深代氏は天声人語を書いたコラムニストというだけではなく、その早逝(46歳で白血病で急逝)の故か、その文章から多くのもの学ばせてもらった故か、言葉のとおり「天の人」という感覚の大切な人です。朝日新聞で同期であった松山幸雄氏が深代氏を「モーツァルトのごとく、天が気まぐれに、このような書き手を地上によこして、さっと召し上げた」と表現していますが、そのとおりだと思っています。

「天人」の中で後藤正治は鈴木比呂志氏の詩を引用しています。

一陣の風が 
通り過ぎた 
あと 
花が 
香りを残してゆくような 
そんなひとに 
逢いたい

私にとって深代惇郎氏はそんな「ひと」です。

混沌の時代に、自由に交わり、議論し、認め合う多様さ

この本では、深代氏の海外特派員を含めて新聞記者としての歩み、特に本田靖春氏を始めとした、他社を含めた新聞記者等との交流を通じて深代氏の人物像を描いています。多くの個性の強い(あくの強い)人物たちが自由に交わり、議論し、対立し、そして認め合う、その人々の姿からは戦後から高度成長期のこの時代の、混乱と大きな変化という魅力を強く感じさせてくれます。日本にもこのような時代があったこと、そしてその中で多くの人が動き、多様な表現をしていたこの時代の空気を、学生の皆さんにも是非感じてほしいと思います。

特に本田靖春氏は「警察回り」や「誘拐」等の名作を残した魅力的な作家。本田氏については同じく後藤氏のルポルタージュで「拗ねものたらん」という面白い本があるので、いつか紹介しますね。

感覚的に「何かひっかかる」「ふと立ち止まらせてくれる」本

私は高校時代から現在まで「天声人語」を読んできました。もちろん全てが名文という訳ではなく、何となく習慣で目を通している、そんな時も多い。しかし高校時代に読んだ天声人語の印象が強く、大学進学後そして就職してからも深代氏の『深代惇郎の天声人語』やエッセイ集を読み、彼の文章に触れてきました。

深代氏のコラムの魅力は何か、それはその知性、視野の広さ、目線の低さ、論点の明確さ、徹底した自由さ等であるのだろうが、感覚的に言うと「何か引っかかる」「ふと立ち止まらせてくれる」ということではないかと思います。戦争を経験しそこに見たものを心のどこかに持ち、そして戦後の社会の変容をじっと見ている、そんな深代氏の視線が私にそのような感覚を与えてくれています。

国連で活躍した明石康氏の「帰宅途中の夕だった。国連ビルの近く、ファースト・アベニューにあるレストランの席に深代がいた。ウイスキーグラスを手に、沈思し、物思いにふけっているような気色で一人ぽつんと座っていた」という表現、深代氏の核を表しているように思います。
私の好きな深代氏の文章を少しだけ紹介します。

・三島由紀夫の割腹自殺について書いた文章の中の一節で「人々はお互いの運命を自分自身の手で作り上げるために、苦しみ、傷つきながら民主主義を育てているのである」
・「一行の詩に青ざめる心は失いたくないものだ」
・「雪が見たいなと激しく思う時がある。暗い空の果てから雪片が音もなく休むこともなく、霏々翩々と舞い降りてくる。その限りなく降る雪が峻烈に心を刺してくれるだろう」

学生の皆さんがそれぞれ、”一陣の風が通り過ぎたあと、花が香りを残してゆくような、そんなひと”に出逢えることを願っています。

文:永山 英也 Nagayama Hidenari
  Capa+部門長/宮崎大学長特別補佐

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