宮崎大学
ニュースリリース

宮崎大学土呂久歴史民俗資料室内覧会を実施

2020年06月11日 掲載

令和263日(水)、教育学部・地域資源創成学部棟内に設置する「宮崎大学土呂久(とろく)歴史民俗資料室」の内覧会を行った。

宮崎大学では、地域で活躍するために必要な知識や能力を学ぶ「宮崎大学地域教育プログラム」を実施している。そのなかで、高千穂町土呂久地区(宮崎県)において学生実習を複数回にわたり実施してきたことが契機となり、大学内に資料室を設置するに至った。

資料室では、古くは銀山として栄え、砒素による公害を経験し乗り越え、現在の自然豊かな土呂久が蘇るまでの歴史を、豊富な資料を通して感じることができるようになっており、公害に関する証拠品も多く収容されており、当時の新聞記事や発行物、被害者からの聞き取りテープや土呂久に関するドキュメンタリー番組なども取りそろえている。また、土呂久公害による教訓を生かした研究成果をもとに、インドやバングラデシュをはじめとするアジア地域の環境改善に貢献している本学の功績についても学ぶことができる。

資料収集を担うアジア砒素ネットワーク前理事で記録作家の川原一之氏より説明を受けて、池ノ上学長は「土呂久の持つ特性は、理系・文系を問わず、学術的に新しい視点での研究分野になるのでは。継続して繋がりのある本学にしかできないプロジェクトへ育てたい。」と語った。

同資料室は、土呂久公害に関する唯一の資料室であり、宮崎県内の中山間地の歴史を振り返り、将来を展望することのできる資料室を目指して、今後も資料の収集を続け、本オープンは令和26月下旬を予定している。

20200603_02_01.jpg左から藤井学部長、迫田理事、池ノ上学長、川原氏、新地理事、國武副学長

20200603_02_02.jpg川原氏より説明を受ける池ノ上学長、迫田理事

20200603_02_03.jpg当時の住民が公害の原因となった亜ヒ焼きの中止を求めて提出した陳情書(被害者遺族提供)


土呂久砒素公害(とろくひそこうがい) 
高千穂町岩戸の土呂久地区の旧土呂久鉱山で約30年間(途中休山の時期あり)行われた亜ヒ焼きによって製造されていた亜ヒ酸煙害や水質・土壌汚染の影響で、周辺住民が慢性ヒ素中毒症などを発症した公害。
1971年に地元の小学校教諭の調査によって発覚し、1975年に鉱業権を引き継いでいた住友金属鉱山に対して裁判を開始。15年かけて和解した。

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