宮崎大学
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応用生物科学科の新教授は自衛官経験者 服部 秀美(はっとり ひでみ)さん

2022年1月11日掲載

hito_hattori_banner.jpg服部 秀美(はっとり ひでみ)さん

農学部応用生物科学科 教授

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 愛知県生まれ。宮崎大学大学院農学研究科生物資源利用学専攻を修了、陸上自衛隊幹部候補生(一般)に応募し合格。1年目は初級幹部の養成機関である陸上自衛隊幹部候補生学校において、防衛基礎学・戦術・戦史・戦技訓練・体育・服務・防衛教養・実技などの初級幹部として職務を遂行するために必要な知識や技能を学んだ。2年目には群馬県の第12後方支援連隊補給隊に配属され、その間に千葉県にある需品(じゅひん)学校の幹部初級課程において補給などの後方支援業務に関して専門的に深く学んだ。

 2年間の陸上自衛隊経験を経て、発足して間もない防衛医学研究センターに医療工学研究部門の技官として採用され、その後20168月まで勤務。20169月に宮崎大学農学部応用生物科学科准教授に採用され、20214月に教授に就任した。専門は健康生命化学。

Q.自衛官としての経験があるようですが?

 私のこれまでの人生は、研究者としての王道を歩いてきたわけではなく、紆余曲折や挫折を繰り返しながら現在に至っています。大学院に進学し研究を続けましたが、修士1年目が終わる頃、自分は研究者に向いていないと感じるようになりました。丁度、就職活動を始める時期でした。それでも研究に携わる仕事につきたいと思いましたが、バブル崩壊後の就職氷河期で大卒求人倍率が非常に低く、漠然と公務員も考えるようになりました。

 その頃、防衛庁事務官として働いていた友人から幹部自衛官という職があることを教えてもらい、現在の宮崎地方協力本部に詳しい話を伺いに行きました。窓口で用件を伝えると脇にあった応接室に通されました。部屋では制服を着ている人や私服の人が仕事をしており、女性もいました。そのような様子を眺めていると、制服を着たガタイのよい男性自衛官がお茶を運んできたので、非常に驚きました。当時はお茶くみは女性の仕事の一つという風潮があった頃です。そして、幹部候補生の試験を受けることになりました。

 自衛隊についてほとんど知らなかった私が、そのまま予備知識を得ることなく入隊することになったので、苦労の連続でした。ただ、たった2年しか在籍しなかったので、胸を張って自分は自衛官経験者と言えないですね。

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写真: 修士論文発表会。この数か月後には野山を駆け巡る生活を送ることになります。

Q.幹部候補生としての生活を教えてください。 

 防衛大学校以外の一般大学から約100人入隊し、そのうち女性は14名で男性と一緒に訓練しました。6人部屋の寮生活で、金曜日の夜から日曜日の2359分以外は外出禁止でした。朝630分に起床し点呼があり、日中は訓練や授業を受け、夕食・入浴後は自習時間になり22時前に日夕点呼がありました。

 その後就寝ですが、希望者は24時まで自習をすることができました。24時以降は必ず電気を消して寝らなければならず、起きているのが見つかると当直幹部から厳しい指導を受けます。毎日厳しい訓練をしていると思われがちですが、大学のように座学の授業もあり、定期試験が行われ赤点を取ると再試験がありました。私の要領が悪いということもありますが、定期試験前は自習時間だけでは時間が全く足りませんでした。本当は駄目なのですが再試験は嫌だったので、24時以降は自分のベッドにうつ伏せになり頭まで毛布をかぶって、その中で懐中電灯を付けて勉強しました。自衛隊あるあるです。

 やはり一番しんどかったのは山の中で1014日間過ごす野営訓練です。訓練の1週間前くらいから憂鬱で仕方ありませんでした。野営中、寝る時間はありましたが、到底疲れが取れるわけではありません。皆の疲労が日に日に蓄積してくると雰囲気がピリピリしてきます。訓練最終日には、精神的にも体力的にも疲労が最大限蓄積した状態で20kg近くの荷物を背負い、40kmから最長で80kmの山道を夜間行軍しました。自分のペースではなく指示された速度で集団で歩くため、体力・気力の限界を越えながらゴールしました。

 もちろん楽しかったこともたくさんありました。短い間でしたが、何物にも代えがたい貴重な経験をさせてもらったと思います。これらの経験は自分を成長させてくれました。けれども、私の思い描いていた将来像とは真逆の180度違う世界であり、かつ研究者に向いていないと思ったけど、こっちの方がもっと向いていないことに気づきました。早々に辞めようと思い、全力で元の方向に戻ろうと行動し2年目で辞めました。今考えると、明らかに人生の道を間違えたとはっきり分かったのが逆によかったと思います。あくまでも、私には合わなかっただけであり、民間企業を辞めて入ってきた同期は"民間より自衛隊の方がいい"と言い、今でも自衛官として活躍しています。


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写真:阿蘇で訓練中の服部さん

Q.自衛官をやめた後、防衛医学研究センターでの勤務を開始されていますが? 

 防衛医科大学校防衛医学研究センター医療工学研究部門の技官として運良く採用されました。この採用にも様々な経緯があり、元上司には感謝しています。採用から暫く技官として研究補助をしていましたが、補助業務だけでは物足りなくなり主体的に研究をしたいと思うようになりました。そこで技官の仕事をしながら学位を取ろうと、二足の草鞋を履くことにしました。
 ところが、この生活は本当に大変で幹部候補生学校並みに辛かった。もっとも、私を指導された埼玉医科大学の先生方の方が大変だったと思いますが。上司からは2年で学位を取るように言われていましたが、1年を過ぎても論文に結びつくデータは全く取れず、実験をしては途方に暮れる毎日でした。職場の上司や先生方、友人、埼玉医科大学の先生方から叱咤激励を受けながら約束通り2年で取りましたが、最後は意地でした。ただ、この時の苦労は決して無駄ではなく、現在の研究室運営や卒論・修論指導において大いに役立っています。もしもタイムマシーンがあれば、二足の草鞋を履いていた頃の私にアドバイスしたいです。
 その後、助教、指定講師として勤務し、2016年9月に母校である宮崎大学農学部応用生物科学科の准教授として採用されました。

Q.母校に帰ってきていかがですか。 

 大学院の修了式が終わり引越し作業も終えた後、宮崎空港から飛び立った飛行機から"宮崎に戻ることはないだろう"と思いながら大淀川や街並みを眺めました。そんな自分がまさか大学教員として母校に戻ってくるなんて、6年前まで全く想像していませんでした。私を知っている誰もが驚いています。
 私が学生時代の宮崎大学はのんびりしていました。その記憶のまま戻ってきたので、着任当初は、"何でこんなにも忙しいのだろう。まだ慣れないからかな "と思っていました。けれども、5年を過ぎても忙しさから解放されないどころか益々忙しくなり、もう私の知っている昔の宮崎大学とは違うと悟っています(笑)。

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Q.どのような研究をしていますか。

 着任前までは、再生医療と生体材料の研究を行っていました。けれども研究を続けるにつれて、そもそも病気にならないことが大事だと痛切に感じました。難治性の病気になってしまうと完治することは難しく、コストもかかります。宮崎大学に着任してから、食生活が原因の肥満症、糖尿病、アレルギーの発症メカニズムの解明について取り組んでいます。食べなければ生きることはできません。しかし、食べることが原因で様々な疾患が発症していることも事実です。食べることによって病気になるのであれば、どうしたら予防できるのか、どうしたら治療できるのかを明らかにしようとしています。
 
 糖尿病発症メカニズムの解明においては、肥満に起因する糖尿病ではなく、肥満ではないにも関わらず糖尿病を発症するという日本人にありがちな糖尿病発症メカニズムの解明について行っています。皆さんのまわりに痩せているにもかかわらず血糖値が高い人がいませんか。遺伝的要因もあると思いますが、多くの場合が食生活に起因していると考えています。例えば、きちんとした食事を取らずに大量のエナジードリンクを飲んでいる人は、膵臓のインスリン分泌機能が低下していると推測しています。
 
 食物アレルギーについても研究しています。食べたものが原因の食物アレルギーではなく、皮膚から取り込まれた食物由来の抗原が原因の食物アレルギーの発症について解明しようと取り組んでいます。皮膚バリア機能が損なわれると、ウイルスや細菌だけではなく、様々な異物が体内に侵入しやすくなります。気づかないうちに皮膚から取り込まれた抗原が免疫細胞に作用し、ある日いつものとおりに食事をしたらいきなりアレルギー症状を発症したという事例があります。安心して食事ができるようになればいいなと思いながら研究しています。
 興味がある高校生・大学生は、是非、宮崎大学農学部応用生物科学科・大学院農学研究科応用生物科学コースへ!

Q.高校生や大学生にメッセージをお願いします。

 いろいろと悩んだり迷ったりすることがあると思います。自分の人生は、自分自身で歩いていかねばならず、結局どの道が正しいのか誰も分からないと思います。道を間違えたら戻ればいいし、道が分からなくなったら聞けばいいし、疲れたら休めばいいと思います。大学に入ることがゴールではなく、大学を卒業してからの方が長い道のりになります。私は、30代前半までやりたいことをやって、30代半ばで博士(医学)を取得し、40代で宮崎大学に戻りました。さらに、今後どうなるかは自分でも分かりません。
 時々、将来やりたいことが分からないという相談を受けます。やりたいことばかりできる仕事はまれで、仕事であればやりたくないこともやらなければなりません。やりたいことよりも、自分の向き不向きを知ること、自分自身を知ることの方が重要なのではないかと思います。今は気づかないでしょうが、若さは武器でもあり、たくさんの可能性を秘めています。悩むより一歩でも進むと視野が変わるので、考え方も変わると思います。いろいろ挑戦して下さい。
 スマートではない不器用な生き方をしている自分が偉そうに話してるなと思いますが、こんな私でよければというメッセージでした。

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写真:第12後方支援連隊補給隊在籍時

■研究者データベース‥https://srhumdb.miyazaki-u.ac.jp/html/100001602_ja.html

■宮崎大学「のうがく図鑑」‥服部さんの研究をはじめ、農学部各教員の研究をわかりやすく紹介しています。
http://www.miyazaki-u.ac.jp/agr/books/

■宮崎大学農学部応用生物科学科ホームページ‥https://www.miyazaki-u.ac.jp/abs/

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