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ニュースリリース

貝たちが繰り広げる情報戦―這った跡を使った捕食者と被食者の戦い―

2026年03月19日 掲載

貝たちが繰り広げる情報戦―這った跡を使った捕食者と被食者の戦い―

概要

和田葉子 宮崎大学農学部助教と、佐藤拓哉 京都大学生態学研究センター教授、野田隆史 北海道大学大学院地球環境科学研究院教授、井田崇 奈良女子大学研究院自然科学系准教授、岩谷靖 近畿大学工学部教授は、海岸に生息する捕食者の巻貝と被食者の笠貝を対象に、両者が移動時に残す粘液の跡を互いの情報として利用し、行動を変化させていることを明らかにしました。
 本研究の成果は、生物がその場に残す残存情報が、捕食者―被食者間相互作用の形成・維持に関与している可能性を示しており、潜在的かつ網羅的な種間相互作用の把握や形成・維持機構の解明に向けた重要な基盤研究となります。
 本研究成果は、2026 年 3 月 18 日に、国際学雑誌「Journal of Animal Ecology」にオンライン掲載されました。

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図 1. 捕食者巻貝と被食者笠貝による粘液跡を用いた情報戦の概要
本図では、黒色が被食者、青色が捕食者の軌道を示す。左上の軌道は被食者が回転行動を行っていない場合、右下の軌道は回転行動を行った場合を示しており、回転行動の有無に応じた移動軌跡と、それに対する捕食者の反応が確認できる。

背景

捕食者と被食者の関係は、お互いの体の特徴や行動がどのように進化してきたかに大きく関わっています。多くの動物は、わざと、あるいは知らないうちに、自分の存在を示す情報を周りに残しています。たとえば、尿や糞、食べた痕跡、死骸などは、その動物がいなくなった後も環境中に残ります。
 このように活動後にも残る情報は、餌を取る上での成功しやすさに影響する可能性があります。捕食者は被食者が残した手がかりを見つけることで、より効率良く餌を見つけられます。一方で、被食者も捕食者が残した手がかりを利用して、うまく逃げたり近づかないようにしたりすることができます。この捕食者と被食者のあいだで行われる情報をめぐる駆け引きのうち、活動後に残る情報の双方向利用に注目した研究は、これまであまり行われてきませんでした。
 貝は、腹足という大きな足の部分を地面などにくっつけながら、ゆっくりと這うようにして移動します。この移動の仕方によって、木に登ったり、波が強い岩の上を動いたりすることができます。這うためには、ぬるぬるした粘液を出すことが欠かせません。そして、移動した後には、その粘液の跡が残ります。この粘液の跡には、どんな個体やどんな種類の貝が通ったのかという情報が含まれている可能性があります。

研究手法・成果

本研究では、捕食者の巻貝イボニシ Reishia clavigera と、被食者の笠貝キクノハナガイ Siphonaria sirius の間に、粘液の跡を介した情報のやり取りが存在するかを検討しました。両種は活動時間が異なるにもかかわらず、被食者は高頻度で捕食されています。

実験の結果、捕食者は被食者の粘液跡をたどる傾向があり、より効率的に被食者粘液の最終地点に到達することが分かりました。一方、被食者は捕食者の粘液に遭遇すると回転行動や方向転換を増やし、移動経路を複雑にすることが明らかになりました。

さらに、捕食者の粘液が存在すると、古い場合でも新しい場合でも被食者の回転行動は増加し、その結果として捕食者による追跡成功率は低下しました。特に新しい粘液に遭遇した場合には、被食者は移動距離を伸ばすことで、さらに捕食を回避する効果が高まりました。

これらの結果から、被食者は粘液情報を利用し、状況に応じて行動を変化させることで捕食リスクを低減している可能性が示されました。

波及効果、今後の予定

本研究は、捕食者と被食者の間に、粘液跡のような残存情報を介した双方向のやりとりが存在することを示しました。この結果は、空間的・時間的なずれを伴って残る情報が、種間相互作用の形成に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。
 進化学的には、情報の検出能力や検出されないようにする行動が自然選択の対象となりうることを示唆します。もしこれらの形質に遺伝的基盤があるならば、情報の利用と回避をめぐる相互作用は、共進化的な変化を引き起こす可能性があります。これは、視覚や形態に基づく軍拡競争とは異なる、「情報」に基づく進化的エスカレーションの存在を示唆するものです。
 残存情報は哺乳類、昆虫、軟体動物など多様な分類群で見られるため、本研究の枠組みは他の生物群にも応用できる可能性があります。自然環境では、多数の種が複雑な情報ネットワークを形成していると考えられるため、残存情報の双方向的利用という視点は、生態系全体の相互作用を理解するうえで重要な手がかりとなりえます。
 今後は、複雑に絡み合う情報ネットワークの中で、残存情報がどう使われているのか明らかにする必要があります。

研究者のコメント

とてものんびり動いている貝たちが移動すると、そこには粘液の跡が残ります。この粘液跡は、単にその場にとどまるだけでなく、這った個体の情報を伝え、さらには微生物の餌にもなり得ます。雨の日は少し憂鬱になることもありますが、かたつむりが這っていたら、その粘液の跡を観察してみてください。もしかすると、他の生物が利用しているかもしれません。本研究は、産後、研究生活に戻ってすぐに始めたものです。保育園からの呼び出しや、そろわないデータ、メモにならないメモ、集中できなかったり寝かけていたり落ち込んでいたり...、研究の過程にもまた、多くの失敗と試行錯誤の"痕跡"が残っています(和田葉子)。

論文タイトルと著者

タイトル:Tracing the Battle: Role of Mucus Trails in Information Warfare between Predator Snail and Prey Limpet (軌跡が生む攻防:捕食性巻貝と被食性笠貝における粘液跡を介した情報戦)
著者:Yoko Wada, Takashi Noda, Takashi Y. Ida, Yasushi Iwatani, and Takuya Sato
掲 載 誌: Journal of Animal Ecology 
DOI: 10.1111/1365-2656.70235
URL: https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1365-2656.70235

研究内容についての詳細はこちらから

https://www.miyazaki-u.ac.jp/public-relations/20260318_01_press.pdf

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