宮崎大学
ニュースリリース

公開講座「"和合の郷"土呂久に学ぶ環境学2」を実施

2021年11月30日 掲載

令和31113日(土)、1120日(土)、1127日(土)と3回に分けて公開講座「"和合の郷"土呂久に学ぶ環境学2」を開催しました。講師は元新聞記者で記録作家の川原一之氏が務め、まちなかキャンパスにて講義を行い、オンライン配信も含め、28名が受講しました。

川原氏は、これまで長きにわたり、宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸の土呂久地区の旧土呂久鉱山で、亜ヒ酸を製造する「亜ヒ焼き」が行われたことを原因に発生した土呂久公害について追跡調査を行い、土呂久の歴史の記録に尽力してきました。現在は土呂久公害の教訓を次世代に引き継ぐ取組をしています。

初回の講座は、初めて土呂久公害が報道されたとされている19711113日付の西日本新聞の記事から、ちょうど50年となったという話題から始まりました。(実際にはその2年以上前から地元ローカル紙で報道されていたことが紹介されました。)

今回は土呂久で亜ヒ酸生産が始まった歴史を、それに関わったキーマン達を中心に紹介され、「佐伯」や"夢追い山弥"という伝承との繋がりが示されました。

2回目の講座では、まず1925年の鉱山周辺における牛馬の変死を扱った獣医の報告書が取り上げられました。続いて土呂久地区の住民自治組織であった和合会が、1941年に土呂久鉱山での亜ヒ焼を中止に追い込むまでの過程が説明されました。そしてこの二つの出来事の背景には、開発を推し進める国と被害を受ける地元住民の間に立ち、現実的な解決を模索した甲斐徳次郎岩戸村長の存在が示唆されました。

3回目の講座では、現在もアジアの各地から砒素汚染によって多くの患者が苦しんでいる現状から、土呂久の支援者が1994年4月「アジア砒素ネットワーク」を結成して、その経験を活かし、アジアの砒素汚染解決のための活動を始めた話があり、受講者からは「土呂久の運動がアジアへと広がりを見せていたことについて驚いた」等の声が聞かれました。



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会場の様子


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講師の川原氏

本学では、土呂久公害に関する唯一の資料室や展示スペースを大学内に設置しています。
過去の教訓を後世につなげられるよう今後もこのような取組を推進していきます。

〇まちなかキャンパス
https://www.miyazaki-u.ac.jp/facilities/related-facility/machinaka-campus.html

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