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奄美大島から宮崎へ、そして世界へ 登島 早紀(としま さき)さん

2022年2月28日掲載

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登島 早紀(としま さき)さん

学生(大学院 農学工学総合研究科博士後期課程2年)

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 1991年生まれ。鹿児島県奄美市出身。2人姉妹の妹。
 今春開催される第94回選抜高等学校野球大会に出場予定の大島高校を卒業。
 その後、姉が住む沖縄県での一年間の浪人生活を経て、宮崎大学農学部応用生物科学科に入学。
大学院農学研究科修士課程に進学し、國武久登教授の研究室で果樹の研究を進めた。
 修士課程在籍時には、外国人留学生向けの宿舎である「木花ドミトリー」のドミトリーチューターを務め、2年にわたりトンガ人留学生と同居生活をした。
 修士課程修了後、2017年に品種改良の研究や農家などへの種や苗の販売を手がける種苗メーカーに就職。3年間の社会人経験を経て、2020年4月に宮崎大学大学院農学工学総合研究科博士後期課程に進学。
 2022年4月からワシントン州立大学への1年間の留学を予定している。
 修士論文のテーマは「ブラックラズベリーと日本在来野生種ナワシロイチゴの種間雑種の評価」
 冷涼な環境で栽培されるラズベリーは、九州のような暖地での栽培は困難と言われているが、日本にある在来野生種のナワシロイチゴと交配させることにより、日本における暖地でも栽培が可能で機能性の高いラズベリーの品種改良を目指している。

~ 奄美大島から宮崎へ、実はその前に沖縄へ ~

 実は、最初の大学受験はセンター試験で良い成績を出すことができず、浪人しました。
高校時代から大学に行きたいと思っていましたが、自分への甘えなどもあり、覚悟が足りなかったんだと思います。
 1度目の受験に失敗した後、大学生の姉が住んでいた那覇市(沖縄県)に渡り、姉の住むアパートに居候しながら予備校に通う生活を始めました。私が浪人することで、親にも経済的な負担をかけてしまっていることは痛感していたので、毎日夜12時までは家に帰らないと覚悟を決め、予備校の授業が終わった後は自習室や深夜まで開いているファストフード店で必死になって自習しました。
 今思い返せば、苦しかったけど、今までで一番新鮮で充実していた時かもしれません。そして、これが私にとって人生最初の留学でした。笑
 なんとか努力が実った形で、晴れて宮崎大学農学部に合格することができました。苦労して入学した宮崎大学は、楽しい毎日でした。予備校時代の受験勉強に徹した単調な毎日の反動がきたのか、大学時代は休みの度に色んなところに出かけて、好きなことをしました。

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写真:地元奄美大島の美しい海(屋鈍浜)

~ 大学での遊びは全て学びにつながる ~

 海外はボランティアツアーでカンボジアに10日間行ったこともありましたし、台湾グルメツアーに行ったり、マリンスポーツを楽しむためにグアムに行ったこともありました。そして、遊ぶためにバイトに明け暮れました。もちろん、留年するわけにはいかないので、最低限の勉強もしましたが。笑

 大学は、授業に出席するかどうかも自由ですし、受講する科目を自分で決めることができる範囲が大きいことが高校とは異なります。私のように、自分の好奇心を満たす旅や遊びを実現させるためにアルバイトをすることもできます。

 私の場合は、学生時代にカンボジア、台湾、グアムなどの日本とは異なる国を旅することで、文化の違いを体感し、同時に日本の良い点や悪い点にも気づくようになりました。そして、様々な遊びが自分自身の好奇心を更に刺激して、自分が専門とする研究に対する好奇心も深めることができました。

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写真:カンボジアでのボランティアツアー

~ 寮内留学してみませんか? ~ 

 以前から一度は海外留学をしてみたいと思っていましたが、経済的な理由もあって実行に移すことができずに大学4年間を終え、修士課程に進学しようとしていました。
 その頃、新しい留学生宿舎である「木花ドミトリー」ができるということで、「寮内留学しませんか?」というキャッチフレーズで日本人のドミトリーチューターを募集するチラシが掲示され、それを見た私は「これだ!」「これなら外国人留学生とも一緒に生活できるし、寮費も安くなる」と想い、すぐに応募しました。
 そして、幸運にも採用され、ドミトリーチューターとしての生活が始まりました。これが私にとっての二度目の留学です。
 私のルームメイトは、太平洋に浮かぶ島国のトンガ人留学生のケリーさん(女性)。これまた幸運なことに、ケリーさんは、とてもおおらかな性格で、同じく島育ちの私と似ている部分が多く、すぐに打ち解けることができました。また、ケリーさんは英語が堪能だったので、英語を学びたかった私にはとても好都合で、普段の生活は必死で英語によるコミュニケーションを取りながらの毎日でした。
 木花ドミトリーは4人が同じキッチンやトイレなどをシェアしながら、3畳ほどのスペースの個室があります。普段は最大定員4人の部屋をゆったりと利用することができました。また、3週間の短期プログラムなどで宮崎大学に来る外国人留学生・研究者が私たちの部屋にステイすることもありましたが、その場合は、自分たちの家庭にお客さんを迎えるような感じで、とても楽しかったことを覚えています。
 また、ドミトリーチューターの重要任務の一つに、ゴミの分別指導があります。日本のようにゴミの分別が厳しい国から来るケースは少なく、生活の中で互いの文化を尊重しながらも、日本文化を理解してもらうことはとても苦労しました。しかし、このような経験を通じて、生きる力を得たというか、自分自身がたくましくなった気がしました。

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写真:木花ドミトリーのルームメイトであるケリーさんと一緒にドライブ

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写真:木花ドミトリー掲示板に掲示していた当時の自己紹介ボード

~ 二度の留学を経て社会人に ~ 

 修士課程を含めて6年間の大学生活にピリオドを打ち、品種改良の研究や農家などへの種や苗の販売を手がける会社に就職しました。
 そこでは、本社のある山梨県を拠点に、全国各地の農家さんや農協さんなどを周りながら、品種改良などに携わりました。
 初めての社会人経験でしたので、会社の先輩方や農家さんなどから多くのことを学びながら、目の前のことにがむしゃらに取り組みましたが、種や苗のことなどについて説明する相手は農家さんであったり、農協の方であったりと、農業の分野においては自分よりも経験豊富な方ばかりです。自分なりに勉強して、商品の説明をしても、細かな質問に対しては説得力のある答えを出せないことが多く、「もっと勉強してから出直してきなさい」と言われることもありました。私自身、人と話をすることが好きだったので、上手くやれるという根拠のない自信がありましたが、あっさりと崩れていき、落ち込むこともありましたが、会社の先輩方や同僚の支えもあり、なんとか3年間がんばることができました。3年間支えてくれた会社の皆様方にはこの場を借りてお礼申し上げます。

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写真:イチゴハウスにて先輩社員と談話

~ 再び博士課程の学生として宮崎大学へ ~

 私はそもそも、植物の種や苗の可能性に魅力を感じて今の研究分野を志すようになり、修士課程まで進み、その経験と知識を生かすことのできる会社に就職しました。そして、実際に働いたことで、自分の知識の足りなさを痛感しました。
 大学に戻ってきた理由の一つ目は、知識と経験の不足を痛感し、もう一度しっかり研究したいと思うようになったことです。

 二つ目の理由は、沖縄留学や宮崎大学での寮内留学などを経験しましたが、やはり、心の奥底に本格的な海外留学をしてみたいという想いが強く残っていたことです。
 宮崎大学の友人には海外留学を経験した人も多く、沢山の体験談を聞いていただけに、「6年間の大学生活のうちに、海外留学をしておけばよかった」という後悔がいつも心のどこかにありました。そして、社会人時代にタンザニアのボランティアツアーに2週間ほど参加しましたが、そのツアーに参加したことで、改めて海外留学をしたいと思うようになり、「留学するなら大学に行こう」という発想になりました。人生一度きりなので少しでも後悔がないようにしたいですからね。

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写真:社会人時代にプレゼンを行う様子

~ 次世代研究者挑戦的研究プログラムに採択 ~

 博士課程に進学するにあたって一番の心配事はやはり経済面でした。3年間社会人をしてきたからと言っても十分な貯金もなく、3年間に必要となる学費と生活費を工面できるのか不安でした。(3年間で修了できるとも限りませんし・・・)
 日本において、博士課程への進学率が他の先進国と比較して低い要因は、博士課程に進学することがオーバーキャリアとなって、就職に不利に働くこともありますが、一番の要因は経済面だと思います。しかし、幸運なことに、私が博士課程に進学した翌年に、宮崎大学大学院農学工学総合研究科が「次世代研究者挑戦的研究プログラム」*1に採用され、月18万円という生活費を支給してもらえるようになりました。さらに、年間40万円の研究費も支給してもらえるようになり、研究に専念できる環境が整いました。
 実際に、こういった研究費のおかげで、日本野生種ナワシロイチゴを日本全国北海道稚内から沖縄与那国島まで実際に現地で採取し、解析を行うなど、当初の予定よりも研究の幅を広げることができ、現在その成果を論文執筆しているところです。
 私は幸運だったと思いますし、自分の夢を様々な形で後押ししてくれる宮崎大学に来て本当に良かったと思っています。今、少しでも博士課程進学に迷っている学生さんがいるのであれば、是非進学することをお勧めします。今は、博士課程学生に向けた奨学金も多くなっているので、一度きりの人生に後悔がないように一歩踏み出してみるのも重要だと思います。

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写真:英語による農工大学院生研究発表会におけるポスターセッション(2021年)

~ そしてアメリカへ ~ 

 宮崎大学に戻ってきて2年が経ちました。これまでに、予備校生としての沖縄留学と宮崎大学での寮内留学を経験しましたが、ようやく夢にまで見た海外留学が実現できそうです。
 留学先はアメリカ西海岸最北部に位置するワシントン州です。現地では、ラズベリー系統の選抜として果実中のアントシアニンやポリフェノール含量などの品質評価や倍数性を利用した育種に携わる予定です。
 なぜ、留学先をアメリカにしたかと言うと、アメリカはラズベリー生産量が世界でもトップクラスで、ラズベリーの育種技術や栽培技術がかなり進んでいるからです。特に、受け入れ機関となるワシントン州立大学では、長年ラズベリー育種の研究を行っており、ラズベリー本場のアメリカにおいても最先端の研究を行っていて、指導教員である國武先生の人脈もあって、受け入れてもらえることとなりました。
 日本とは全く異なる環境に身を置くことは、様々な困難に直面すると思いますが、最先端の研究を吸収し、世界で活躍する研究者と一緒に研究したりディスカッションしたりすることで、自分に得るものも多くあると思います。
また、アメリカで研究できることも楽しみですが、アメリカの食や文化に触れることも楽しみの一つです。コロナ禍ではありますが、アメリカ国内をまわって、日本では食べることのできない伝統料理、日本にはない街並みや文化など、私の知らない世界を沢山見て、研究も遊びも全力で向き合いながら一年間という短い時間を濃密に、そして自分らしく過ごしたいと思います。
 新型コロナウイルスの影響もあり両親や先生方に沢山の支援をいただきながら、やっとここまで辿り着くことができました。一人の力だけではできないことを実現させてもらい、支援してくださった関係者の皆様方には本当に感謝しきれません。一年後、お世話になった方々に、成長した姿を見せることが何よりの恩返しになるでしょうし、自分自身の価値観の変化や成長を実感することが楽しみでもあります。
 私の大島高校の後輩たちも甲子園という大きな舞台で羽ばたこうとしています。私も彼らに負けないようにアメリカで精一杯頑張りたいと思います。

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写真:宮崎大学正門付近にて(2022年撮影)

~ 指導教員(國武教授)から見た登島さん ~ 

 奄美大島出身ということで、離島独特の環境と文化の中で育まれた豊かな感性は彼女の強みだと思っていました。島を出て、宮崎大学で6年間学びながらしっかり遊び、大学院修了後、一度は就職して社会人経験を通じて悪戦苦闘しながらも、アフリカを訪問するなど、常に世界に目を向けてきたことで、新たな目標が生まれたのだと思います。

 再び宮崎大学に戻ってきた彼女は、以前にもまして意識が高く、目標がはっきりしているので、博士課程学生として、短期間に多くの成果を出すことができています。特に、日本中を旅して、キイチゴの野生種を収集して、その起源について考察したことはたいへん興味深い理論が組み立てられています。綾町でのキイチゴ栽培の普及などもなかなかできることではありません。
 これからの時代は、一度社会に出て、社会に揉まれることで、また大学に戻って学び直すことが求められる時代になり、幅広い年齢層がともに切磋琢磨するキャンパスに変わってくると思います。
 そのような意味では、彼女はロールモデルとなって欲しい存在ですし、羽ばたいて欲しいと思っています。そして何より、彼女らしい楽しくて活気に満ちた人生を送って欲しいですね。
 宮崎大学は「世界を視野に 地域から始めよう」のスローガンを掲げています。今後も地域社会および国際社会で活躍できる人材を育成し、日本・世界に貢献できる大学を目指していきます。

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写真:指導教員の國武教授

■研究者データベース(國武久登教授):https://srhumdb.miyazaki-u.ac.jp/html/661_ja.html


*1 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST事業) 

 日本の科学技術・イノベーションの将来を担う存在である博士後期課程学生による挑戦的・融合 的な研究を支援し、優秀な博士人材が様々なキャリアで活躍できるように研究力向上や研究者能力開発を促すことを目的とした事業。
 宮崎大学は 2007 年度に設置した農学工学総合研究科博士後期課程における異分野融合型の 研究体制や強固な産学官連携体制による人材育成システムを活用したプログラムに基づいて申請し、これまでの実績やきめ細かいキャリア支援を行う計画が高く評価されたことにより2021年度に採択となりました。
 本事業は、2021年度から2025年度末(2023年度春入学)までのプロジェクトで、農学工学総合研究科博士後期課程に在籍する(または在籍予定の)応募者の中から書類審査・ 面接を経て各学年4名程度(初年度は計 10 名)の学生に、一人あたり年額最大286 万円(生活費相当額 216 万 円、研究費 40~70 万円)を支給することで、研究に専念できる環境を整備していくこととしていて、2021年に「次世代研究者支援室」を設置し、様々なキャリアパスにおいて活躍できる人材を育成する体制を構築しました。(室長:水光正仁前宮崎大学研究担当理事)
http://www.miyazaki-u.ac.jp/tech/agr_eng/research_program/index.html

 
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