宮崎大学
お知らせ・広報

鈴鹿サーキットのとりこになった宮崎大学初の女性部長 山里 里美(やまさと さとみ)さん

2022年2月21日掲載

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山里 里美(やまさと さとみ)さん(2023年度退職)

学生支援部長(大学職員)

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 宮崎市出身、都城市(旧北諸県郡山之口町)育ちの1965年生まれ。中学時代は3年間器械体操部に所属し県大会にも出場。都城泉ヶ丘高校在学時に「筆記試験が終わったら映画を見に行こう」と友達に誘われ、付き合いで国家公務員採用試験を受験し合格。しかし合格していたことも忘れ、高校卒業後は看護師養成学校に進学予定で引越荷物もまとめていた3月に面接を受けることとなり、1983年4月に旧宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)に事務職員として採用された。以後、庶務(総務)課、医事課、学生課と31年間医学部一筋で勤務し、企画評価課次長、人事課次長、総務広報課長等を経て現在に至る。

 趣味はバイクツーリング。また、毎年夏に三重県鈴鹿サーキットで行われる「鈴鹿8時間耐久ロードレース(通称;8耐)」を22歳から観戦に行くようになり、24歳の時には小柄な体型でかなり苦労をしたが中型免許を取得。26歳の時に同じくバイクが趣味だった男性と職場結婚。その後も鈴鹿サーキットに通い続け、これまで30回サーキット会場に脚を運び、産まれてきた娘の名前も勢い余って「すずか」にしたほど。
 郊外に建てた自宅は薪ストーブを完備したログハウス。自宅でゆっくりする時間も好きだが、全国各地をバイクで周り、宿泊先でビールを飲むのが至福の瞬間。宮崎県内でお気に入りの温泉は西都市の妻湯温泉。入湯料は少々お高いが、あの広いスペースでリラックスできる環境に加えて、源泉掛け流しというところが理由。
 一人娘は社会人で県外にいるため、家には愛猫のもん姐(ねえ)さん(19歳)とちむ兄(12歳)が帰りを待ってくれている。

Q.宮崎大学事務系職員としては初めての女性部長となりましたが?

 最初に事務局長からの内示を受けたときは、課長職としての異動の内示だと思っていたので正直驚きました。しかも、学生支援部長。これまで人事・総務系の部署での勤務が長かったので、学生系の部長を全うできる自信もなく、「無理です」と伝えたんです(笑)。
 もちろん、「無理です」と答えたからと言って、何かが変わるわけではありませんが。
 宮崎大学の事務系職員の部長級に女性が就任するのは初めてのようです。女性だからと言ってプレッシャーを感じたり、負い目を感じたりすることは特にありません。これまで多くの職場の方々に支えていただき仕事を続けることが出来ましたので、気負うことなく自分らしくやっていくことが大切だと考えています。学生支援部は大学の仕事の中でも最も核となる領域だと思っています。部長ではありますが、謙虚さを忘れることなく、スタッフに色んなことを教えてもらいながら、はや一年が経過しようとしています。
 新型コロナウィルス感染症の蔓延により、学生のキャンパスライフにも様々な影響が及ぶ中で、学生支援部のスタッフは学生のことを真摯に考え、より良い生活になるように様々なアイデアを出し、それを実行してくれています。
 私が部長に就任した昨年4月以降も「修学支援金の支給」「学生向けワンコイン(100円)弁当の販売」や「生活支援物資の無償配布」など、宮崎大学生活協同組合様をはじめ多くの地元企業の方からのご賛同をいただきながら企画を実現させていますが、特に学外の方々からいただいた「宮崎大学修学支援事業基金」のご寄附を原資として実施することができています。この場を借りて改めてお礼申し上げます。
 これまで長い間、どちらかというと教職員の支援をすることがメインでしたが、学生支援部のスタッフの頑張りを見ていると、改めて大学の本質は教育であり、学生の支援をしていくことだと実感しています。

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写真:2021年撮影

Q.そもそも「大学職員」とは?

 大学には学生と教員がいることは誰もが知っていることですが、「大学職員」という、学生と教員の各種サポートをしたり、大学全体の企画・管理・運営などを行うスタッフが多数いることは、あまり知られていません。
 宮崎大学には学生約5,500人が在籍していますが、教職員も多数在籍しています。教授・准教授などを含めた研究者が約700人、私のような大学職員(常勤職員)が約400人、附属病院などで働く看護師や技師などの(医師を除く)医療従事者が多数います。工学部と農学部には、それぞれ専門的な技術職員もいます。その他、雇用の形態は多岐に及び、非常勤職員などを含めると、教職員が2,200人以上もいて、まさに一つの街のようになっているのが大学です。
 大学職員の職務内容も多岐に及びます。それぞれを説明するとときりがありませんので、以下のようにざっくりとした区分を示させていただきます。

・学生系‥学生の入学から卒業までの学業・生活面等をサポートする
庶務系‥組織を円滑に運営し、そこで働く職員を支えるため幅広い分野にわたる業務を行う
医療系‥一般の患者さんと直接接する職場で医療や看護の現場がスムーズに進められるように事務を行う
会計系‥大学等の運営に必要な財務上の計画や管理等に関する業務を行う
業務系‥施設利用者の受入渉外の業務を行う
施設系‥建築・電気・機械等を専門とする施設系技術職員が、各機関のキャンパス内の 多種多様な施設に関する計画、施工から保全等の業務を行う
研究系‥専門的な知識をもった技術職員が、配置部署において、教育・研究における重要な役割を担う さまざまな業務を行う

 大学職員(常勤職員)は様々な部署や文部科学省などの国の機関を異動するなかで、大学運営に関わる幅広い知識を身につけながらキャリアアップしていきます。
役職は、「係員」からはじまり、「主任」・「係長・専門職員」・「次長(課長補佐・室長相当)」・「課長・事務長」・「部長」とあり、大学職員が属する事務組織のトップは事務局長(総務担当理事)となります。
 2004年に国立大学は法人化され、宮崎大学に在籍する教職員も国家公務員ではなくなりました。また、教育・研究のみならず、社会貢献や地域との連携が求められるようになり、大学職員に求められるスキルもここ10年で大きく変わり、幅広い知識や専門的知識のほかに、様々なプロジェクトなどに携わるための企画力と調整力が必要とされ、日々、自己研鑽に努めることが求められています。

〇九州地区国立大学法人等職員採用試験事務室ホームページ:https://www-shiken.jimu.kyushu-u.ac.jp/

Q.バイクが大好きだと伺いましたが。 

 高校生時代に、当時好きだったアイドルが映画でバイクに乗っていたことがきっかけで、バイクに興味を持つようになり、22歳からは現在の旦那や友人と鈴鹿サーキットへ8耐観戦に行くようになりました。
 24歳の時にバイク中型免許を取得。26歳の時に結婚したのですが、結婚のきっかけも、当時交際していた現在の旦那と「北海道へ自分のバイクを空輸し、北海道ツーリングをしよう」「その足でそのまま8耐も観戦」という計画を立て、これを実行するための長期休暇を取るには「新婚旅行」として実行するしかないよね、という話になり、結婚することにしました。
 披露宴には職場の方々にたくさんお越しいただき、職場の大宴会みたいな披露宴になりましたが・・・。笑
 決して北海道ツーリングの旅費を稼ぐご祝儀目当てではなかったのですが、当時はそう思われたかもしれません。

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写真:新婚旅行で訪れた北海道(1997年撮影)

~ 「すずか」が私のすべて ~ 

 その後も8耐に通い続け、これまで通算30回鈴鹿サーキットへ脚を運びました。
産まれてきた娘の名前も「すずか」にしてしまいましたが、娘には「バイクは危ない」と主人は言っており、娘はバイクの免許取得には至っていません(笑)。
 ちなみに、3日間の8耐観戦期間中は鈴鹿サーキット内のキャンプ場に宿泊することが多いのですが、あちらこちらで「すーちゃん」「すずか~」と子供を呼ぶ親の声が聞こえます。子供の名前を「すずか」としている親は、私達以外にもたくさん居るようです。

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写真:8耐開会式の様子(2018年撮影)

~ そして再びバイクに ~

 バイクの運転に関しては、子育て時期などもあり一時期離れていましたが、加齢に伴う脳トレも兼ねて、約20年ぶりの昨年10月、久しぶりに110ccの小さいバイクを購入し走り始めました。まだ走行距離は1,000キロをやっと超えたくらいですが、楽しみながらゆっくり走っていけたら良いなと思っています。

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写真:日南海岸にて(2021年)

Q. 30年来も「8耐」に通う理由を教えてください。 

 理由を文字に起こそうとするのですが、正直なところ明確な理由は説明できません。ただ我が家では、1年の始まりが1月や4月ではなく、8耐が行われる日が基準日になっているような気がします。8耐の決勝が終わるとまた来年の8耐へ思いを馳せることが34年間続いています。
 真夏の祭典「鈴鹿8時間耐久ロードレース」は、毎年7月最後の日曜日若しくは8月の第一週の日曜日が決勝日と決まっています。レース開始時間は午前11時30分、ゴールは8時間後の午後7時30分と定められており、台風などの悪天候の場合は時間短縮もありますが、基本は毎年同じ時期、同じ時間帯で行われるバイクレースです。
 世界耐久選手権の1レースでもありますので、世界的なレーサーも出場しますが、街のバイク屋さんなど自らスポンサーを探して、この日のためだけにバイクを作り上げて参加しているチームもたくさんいます。そういう見えない苦労や努力を重ねて出場しているチームの思いと一緒に、観戦する私達も8時間一緒に過ごす独特の雰囲気が好きなのかもしれません。
 とは言え、とても暑い時期に開催されるレースなので、出場する選手も観戦する私達もかなりきついです。選手にもドラマがあるように、観戦している側にもドラマありの8時間ですが、ゴールの午後7時30分には暗闇も広がり、走行するバイクからのヘッドライトが輝き、レースに関わった全ての人達を称える花火がコース上に打ち上げられると「また来年もここに来よう」と思ってしまいます。
 2020年、2021年は新型コロナ感染症拡大のため8耐は中止となりました。2022年の今年こそは再開できることを願って、そろそろチケット情報を見逃さないようにしなければと思っているところです(宿泊先は既に確保済み!)。

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写真:鈴鹿サーキット観戦の時の写真(2019年撮影)

~「すずか」に色を添える「FUJIYAMA(ふじやま)」~

 新型コロナでこの2年間は行けていませんが、夏は鈴鹿サーキット、冬は富士山を見に行くことを我が家のルーティンとしています。
 冬の富士山はその姿の美しさに心が洗われます。また、温泉や地ビールもありますが、何よりもジェットコースター好きの我が家の一番の楽しみは、富士急ハイランドの「FUJIYAMA(ふじやま)」に乗ることです。
 真冬のジェットコースターに並んでまで乗るの?と言われそうですが、はい、2時間くらいは待ってでも乗ります。冬は強風で結局ジェットコースターは営業を停止してしまうことも多いのですが、それでも風が止んでくれるのを待って並んでいる人がたくさんいます(我が家も同様)。
 家族や友人と、北は北海道、南は沖縄県西表島などいろいろ日本国内を巡っていますが、唯一、東北にはまだ行けていません。歴史でも幕末が好きなので、岩手県、宮城県、福島県などを巡ってみたいです。また、東日本大震災と同じ時代を生きた人間として、震災からの復興を直接見て感じて、その土地のものを買いその土地のものを食べることで少しでも応援ができればと思っています。
 こんな感じで、時間さえあれば日本各地を旅しているので、お金が貯まらないのが悩みです(笑)。
 宮崎大学の職員には、私以外にもいろいろな趣味や経験をお持ちの方がたくさん勤務しています。是非、一緒に仕事をしてみませんか。

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写真:FUJIYAMAと富士山(2017年12月撮影)

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写真:自宅の薪ストーブの前でくつろぐ愛猫のもん姐さん(19歳)とちむ兄(12歳)
「ちむ兄」が「もん姐さん」のところで寝ようものなら猫パンチが飛ぶ。

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写真:完成したばかりの頃の自宅

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写真:自宅の一角には愛猫が暖かく冬を越すための薪が山積み


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写真:日南海岸の一つの見どころである堀切峠ともうくん(宮崎大学から車で15分)

 写真の堀切峠から都井岬(串間市)までの(車で)約1時間半の海岸沿いの旅は、美しい日南海岸の景色が連続して南国気分を味わうことができます。
 1960年代、青島や日南海岸は新婚旅行のメッカとして多くの新婚さんが訪れ、3組に1組の新婚さんが訪れたと言われています。
 当時は、沖縄が本土復帰を果たしておらず、沖縄に行くにはパスポートが必要であったことや、昭和天皇の第5皇女の島津久永さんと貴子さんご夫妻が新婚旅行に訪れたことで、  新婚旅行先として宮崎が脚光を浴びるようになりました。その後、1962年、当時まだ新婚であった現在の上皇様である皇太子明仁様と上皇后様である美智子様が宮崎を訪問されたことで一気に人気が高まりました。
 現在は、海外旅行にも簡単にいくことができる時代となり、新婚旅行先として宮崎が選ばれることは少なくなりましたが、多くの観光客が訪れ、その美しさは今も多くの人を魅了しています。


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