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2024.08.06
化学生命プログラム

分子シミュレーションが開拓する次世代型モノづくり

化学生命プログラム|宇都 卓也

プロフィール

学歴

  • 2010年3月 宮崎大学教育文化学部学校教育課程 卒業
  • 2012年3月 宮崎大学大学院工学研究科修士課程物質環境化学専攻 修了
  • 2014年9月 宮崎大学大学院農学工学総合研究科博士後期課程 修了
             早期履修制度により、博士(工学)の学位取得

職歴

  • 2014年4月 日本学術振興会特別研究員(DC2/PD)(宮崎大学工学部)
  • 2016年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)(鹿児島大学大学院理工学研究科)
  • 2018年11月 宮崎大学テニュアトラック推進機構 助教
  • 2021年11月 宮崎大学工学部応用物質化学プログラム担当 准教授

受賞歴

  • 2019年6月 繊維学会奨励賞
    題目「構造多糖材料の結晶構造特性と溶解機構に関する計算化学研究」
  • 2023年5月 高分子学会高分子研究奨励賞
    題目「多糖材料/イオン液体の計算化学研究」

宇都 卓也

新しい学問分野である理論・計算化学の広がり

近年における情報技術のさらなる進歩に伴って、コンピュータシミュレーションによって物質・材料を探求することは当たり前の時代となり、創薬やナノテクノロジー、環境・エネルギー領域などでの適用が急激に広がっています。このような学問分野を理論・計算化学といい、化学実験と並ぶ新たな研究アプローチとして発展してきています。宮崎大学工学部の宇都研究室では、生体高分子(多糖類・タンパク質・核酸など)や電解質などを分子シミュレーションによって解析・予測する研究活動を行っています。特に、バイオマス資源である多糖材料における分子論的振舞いを調べることでバイオマテリアルの研究開発を推進しています。さらに、イオン液体を用いた二次電池用電解質の設計や、脂質二重膜の安定性から細胞毒性の発現予測などにも取組んでいます。こうしたシミュレーション研究を通して、物質・材料における未知のメカニズムを解明することで、独自視点でモノづくりに貢献することを目指しています。



生体高分子や電解質における新たな基礎的知見の解明

モノづくり技術を支える化学分野の未解決問題に取組む上で、最先端機器で観測できない事象を扱う分子シミュレーションは強力な解析ツールになり得ます。しかし、扱う時間・空間的スケールが限定されているために、依然として解析事例を蓄積する段階から抜け出せていない問題があります。本研究室では、新たな計算手法の確立や計算精度の向上に取組んでおり、これまで扱うことが出来なかった複雑な現象を適切に解析できる分子シミュレーションを達成してきました。いくつかの研究成果を紹介します。
植物細胞壁の主成分であるセルロースは高結晶性繊維であることが知られています。理論レベルの異なる計算手法で解析した結果を比較することで、セルロース結晶繊維において長年議論されてきた捻じれ変形ストレスの要因を突き止めることや新規ナノ構造体(セルロースナノチューブ)を予測しました。結晶構造特性に関する基礎研究が、新規材料の設計につながった成果となります。最近、セルロースの生合成メカニズムにおいて、繊維形成がどのように制御されているかの仕組みについて提案しました。この際、同時に計算精度の異なる領域を設定した多階層シミュレーションを適用しました。タンパク質の糖鎖認識に基づく生命現象の解明に取組んだ研究成果です。
 常温で液体として存在する溶融塩であるイオン液体が様々な産業分野での利活用が期待されています。特筆すべき点として、構成イオンの化学構造(基本骨格と側鎖構造)や組合せが無数に存在し、これらの違いによって物理化学的特性が大きく異なることから、イオン液体はデザイナーズソルベントとして位置づけられます。計算精度を決定づける分子力場パラメータの体系的な開発により、イオン液体のダイナミクス挙動を高精度に解析することを実現しました。二次電池用電解質の設計を目指して、イオン液体中におけるリチウムイオンの溶存状態を解析しています。また、イオン液体の生命科学分野における適用可能性を検証するために、イオン液体の細胞毒性を脂質二重膜との親和性により評価しました。イオン液体を用いた薬物溶解性の改善も検討しています。

文部科学省-科研費による研究成果展開(2017年3月)
「コンピュータシミュレーションによる新規セルロース材料の分子設計」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/hojyo/1372562.htm#7
宮崎大学プレスリリース(2021年1月)
「コンピュータシミュレーションによってセルロース繊維形成機構の一端を解明」
https://www.miyazaki-u.ac.jp/newsrelease/edu-info/post-596.html
宮崎大学プレスリリース(2020年10月)
「イオン液体のイオン伝導性に影響する分子論的メカニズムを実験・理論的アプローチによって解明」
https://www.miyazaki-u.ac.jp/newsrelease/edu-info/post-568.html



難溶性バイオマスの優れた溶媒探索を実現するマテリアルズインフォマティクス

高結晶性繊維であるセルロースは難溶性バイオマスであり、水や一般的な有機溶媒に難溶で加工性に乏しい問題があります。セルロースを良好に溶解するイオン液体が注目されており、溶解度向上や処理コストの低減が企業ニーズにもなっています。イオン液体の化学構造が異なると溶解度が大きく異なることから、セルロースの優れた溶媒を発見することが期待されています。しかし、実際にイオン液体を合成してセルロース溶解度を調べていく場合、かなりの時間と費用のコストがかかります。
以前に、イオン液体によるセルロース結晶繊維の溶解シミュレーションに成功しました。この際、イオン液体がセルロース結晶を構成する分子間水素結合を切断する溶解メカニズムを観察しました。このことに着目して、イオン液体中におけるセルロース結晶繊維の水素結合残存量(計算値)と実際の溶解度(実験値)の関係性を見出しました。つまり、分子シミュレーションにより、様々なイオン液体のセルロース溶解度を予測することが可能となり、「仮想実験」による溶媒探索を着想しました。さて、溶解度予測ができるようになりましたが、どのように候補溶媒を設定すれば良いかがわかりません。
ごく最近、企業共同研究によって、計算化学×機械学習を連携させることで高分子材料の溶媒探索を可能にするハイスループットスクリーニング技術を開発しました(特許出願中)。人工知能(AI)により候補溶媒となる分子を生成させますが、データセットが不足している問題等に起因して、AIは誤った情報を出力することがよくあります。そこで、分子シミュレーションによる検証を通して、材料ビッグデータを蓄積することでAI予測モデルの改良を繰返すスキームを構築しました。AIを活用することで仮想実験を効率的に行うことができ、高スピードで材料創出が可能なマテリアルズインフォマティクスを実現し、現在は新規な優れたセルロース溶媒系を開発することに取組んでいます。この研究プロジェクトを達成することで、難溶性バイオマスを石油プラスチックの代替資源とする産業プロセスの開拓が見込まれます。今後、こうした研究アプローチを様々な物質・材料に拡張し、次世代型モノづくりに挑戦していきます。



高校生の皆さんへ

分子シミュレーションや機械学習が、材料開発や創薬に積極的に活用されるようになりました。本研究室は国内外の研究機関や企業との共同研究を積極的に展開しています。世界的にも競争の激しい分野ではありますが、それゆえに最先端の研究に挑戦することで成長する機会を提供できると考えております。理論・計算化学は未開拓領域が多いことからも、波及性の高い研究成果に巡り合う可能性に満ちています。こうした未知の分野に飛び込む経験を通して、第一線で活躍する理工系人材を育成します。


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